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2009年3月

2009年3月24日 (火曜日)

やっぱりイチローはすごいや

まずは 日本 世界一おめでとう。

アジアの2カ国で優勝を争うなんてすごい。 次回のWBCはアメリカでの開催はやめて日本で行うべきだね。

5回の攻撃だったか イチローのセフティバントは素晴らしかった。

そして、延長戦のタイムリーはさすが「世界のイチローここに在り」って活躍だった。

日本には勝てなかったが、韓国の健闘振りにも惜しみない拍手を送ろうではないか。

なんて ことがいえるのも日本が優勝したからだね。

磯者

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2009年3月19日 (木曜日)

よしっ!

やった!

勝った!

次は韓国戦だ。

がんばれ 日本!

磯者

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今日はどうだ?

テレビ観戦で 日本を応援している。

4回表で日本の攻撃が終了した時点で2点先取している。

このまま観ていていいのだろうか?

私が応援すると負けてしまうジンクスを破ってくれ日本!

磯者

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2009年3月18日 (水曜日)

すみません

今日の韓国対日本戦 観てしまいました。

だから、負けました。

ごめんなさい。

前回の韓国戦も観ていました。そのときも負けてしまいました。

圧勝した時の試合は観ていませんでした。だから勝ちました。

磯者

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2009年3月16日 (月曜日)

チェンジリング

昨日 「チェンジリング」を観た。

アメリカって 警察の腐敗を取り上げた映画を作るのがうまいなあ。

内容はとてもいたたまれないものだった。

警察に楯突くと「コード12」だ。

なんて恐ろしい。

クリントイーストウッドが監督している。

彼の作る映画は 今までのハリウッドを踏襲しつつも 違った独自のテイストに作られていて、やがて 「イーストウッド」流としてジャンルを確立するかもしれない。

出来がいい。

悲しさを音楽で誘引するような姑息な手段はとらず、俳優の演技と丁寧なストーリーの背景を演出することで観衆の涙を誘う。 スマートだ。

クリントイーストウッドは本当に「アメリカ」が好きなんだと、映画を観ていていて感じた。

しかし、冒頭のシーンで アンジェりーナージョリーがベットから起き上がるシーンがあるのだが、ばっちりとメイクされているのには仰天した。

あの当時の衣装が実にすばらしい。趣があるというか、とてもいいんだなあ。

そして、衣装だけでなく町並みや車と当時を見事に再現している。(と、思う)

化粧品の性能のよさにも目を見張った。

アンジェりーナージョリーが涙するシーンが多いのだが、マスカラがぜんぜん流れない。

マックスファクターだから?

ウォータープルーフ なマスカラやアイシャドウが存在していたなんて驚きだ。

だれか知っている人 教えて、その当時そんな化粧品があったかどうか。

まあ、この映画のよさは見ないとわかんねぇだろうなー。

磯者

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2009年3月11日 (水曜日)

今日は何月?

昨日、脳にできた癌をガンマナイフで照射した後の 術後の経過を確認するための検査に同行した。

誰の話かって?

私の親父のこと。

今回で、2回目になる。

前回の検査では、自分で車を運転して検査を受けたのだが、その後、前立腺の手術を受けて一ヶ月以上もの間入院していたので、すっかり体力が落ちてしまい、歩くこともままならない状態でいた。

親父の介助をかねて、今回は私が運転して連れていった。

母から親父の様子がおかしいことは聞いていたが、今回初めて確信した。

右折の矢印が出ていない信号をみて、私に「Go」と右折しろと言う始末。


検査後に、主治医からの説明を受けた。

脳に五つもあった癌が3つは跡形もなく消え去り 二つだけが写真の中に写っていた。

が、しかし これも癌細胞は死んでおり、残骸が脳に吸収されている途中だと。

親父の生命力には驚かされる。

余命半年といわれてからやがて4年。

肺の一部切除→肝臓に移転→脳に移転 

現在は、血液検査ですらも そいつは見つからない程に癌は消えた。

主治医に記憶障害が出ていることを話した。

「あなたのお名前は?」 、ちゃんと答えられた。

「今 何月ですか?」 

「今ですか、6月です。」

「・・・・・・・・。」 私は目が点になった。

やはり、脳を手術した後遺症が出始めた。

医者の説明だと良くなる可能性は皆無らしい。

医者から癌だと告知されたとき、私は親父にはっきりとその旨を告げた。

親父は、歳だし癌治療は受けないと一点張りだった。

「じゃあ、立場を逆転して、息子の俺が癌だと宣告されて、治療を受けないで、日々弱っていく息子の姿を見ていられる? 親父。」

さすがに、このたとえ話は効いたらしく、癌と戦うことを決意してくれた。

そして、癌には現在、勝利している。

が、伏兵が潜んでいた。

後、20年もしたら、私にも同じ病気が発症するかも知れない。

そのときに、戦うことができるだろうか。

磯者

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2009年3月 9日 (月曜日)

野球と政治

私は決して国粋主義者ではないが、こと、日本対何処そことか、と言う具合に世界を相手に日本が戦う場面になると にわか愛国者になる。

では、私は愛国者ではないのかと問われれば やはり、愛国者に他ならない。

ただ、断じて言える事は、国から自国のこと、つまり日本を愛せよと強制されたら、「ふん!」とそっぽを向いてしまう。

何が言いたいのかというと、「愛国心」というものは、決して強制されるべきものではないと言うことだ。

強制しなければ「愛国心」を養えないとすると、それは国が国民に愛されていないことの証だ。

本当に、国を愛していれば、強制されなくったって、自然と自国を愛するって。

愛するほどの魅力がない国は国民に当然、愛されるわけがない。

今日のWBCでの 「日本対韓国」戦。、国から「愛国心」を強制されなくたって、ちゃんと日本を応援するし、それはごく自然の事だと思う。

日本をしょって立つスポーツのチームは応援している人に決して「強制」などしない。

国を代表して戦っている姿が見ている観客の心を動かすからだ。

自然と応援せずにはいられなくなってしまう。

ところが、昨今の政治はどうだろう。

国を代表して働いているはずの政治家の姿が国民の心を打つだろうか?

答えは明白だ。「NO」だ。

「政治家が、国をしょって働いている」と、国民の目には映らないからだ。

だから、政治に対して 「愛国心」は望むべくもなく誰も持つことはできない。

当然といえば当然だ。

私はかねがね、自分の故郷すら愛せない奴が「国」を愛せるわけが無いと、事あるごとに主張している。

この自論は決して間違っていない。

しかし、私の親や家族から、「ふるさとを愛する前にもっと家族を愛して。」と問われそうで怖いが、そのときはきっぱりと答えるつもりだ。

「もちろん!愛している、ただ、それがお前たちには理解しにくいだけだ。」 と。

磯者 

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