私は決して国粋主義者ではないが、こと、日本対何処そことか、と言う具合に世界を相手に日本が戦う場面になると にわか愛国者になる。
では、私は愛国者ではないのかと問われれば やはり、愛国者に他ならない。
ただ、断じて言える事は、国から自国のこと、つまり日本を愛せよと強制されたら、「ふん!」とそっぽを向いてしまう。
何が言いたいのかというと、「愛国心」というものは、決して強制されるべきものではないと言うことだ。
強制しなければ「愛国心」を養えないとすると、それは国が国民に愛されていないことの証だ。
本当に、国を愛していれば、強制されなくったって、自然と自国を愛するって。
愛するほどの魅力がない国は国民に当然、愛されるわけがない。
今日のWBCでの 「日本対韓国」戦。、国から「愛国心」を強制されなくたって、ちゃんと日本を応援するし、それはごく自然の事だと思う。
日本をしょって立つスポーツのチームは応援している人に決して「強制」などしない。
国を代表して戦っている姿が見ている観客の心を動かすからだ。
自然と応援せずにはいられなくなってしまう。
ところが、昨今の政治はどうだろう。
国を代表して働いているはずの政治家の姿が国民の心を打つだろうか?
答えは明白だ。「NO」だ。
「政治家が、国をしょって働いている」と、国民の目には映らないからだ。
だから、政治に対して 「愛国心」は望むべくもなく誰も持つことはできない。
当然といえば当然だ。
私はかねがね、自分の故郷すら愛せない奴が「国」を愛せるわけが無いと、事あるごとに主張している。
この自論は決して間違っていない。
しかし、私の親や家族から、「ふるさとを愛する前にもっと家族を愛して。」と問われそうで怖いが、そのときはきっぱりと答えるつもりだ。
「もちろん!愛している、ただ、それがお前たちには理解しにくいだけだ。」 と。
磯者
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