書棚に ↑のタイトルの本がある。
裏表紙をめくってみると 「磯者様」 「六三、七、十八」と日付が書かれていて 他に漢字で四文字、 ペンネームだと思われる漢字が二文字 書き記されている。
私には学が無いので なんて書いてあるのか判別できない。
もちろんこの数字だけは分かる。 昭和63年7月18日の事だ。
この日は世田谷のある大きなお屋敷に 建築の打合せでお邪魔していた。
とても暑くて、じっとしていても、汗が滴り落ちてくるほどだった。
ガレージには高級外車が何台も並んでいて、獰猛な犬が 15メートルおきに鎖に繋がれていた。
赤松の木陰に、白い鋳鉄のテーブルと椅子が用意されていた。
私はそこに通され、この家の主が来るのをじっと待っていた。
「いやー すみませんなー。」
と、ステテコと、ステテコと同じ素材で出来た涼しそうな肌シャツに身をつつんだご老人が申し分けなさそうに 現れた。
「大分お待たせして すみませんなー。 磯者さんは おなかはすいていませんか?」
私は遠慮もせずに 「はい」と答えた。
すると、そのご老人は そばにいたお女中さんに、「じゃあ」といって目配せをした。
しばらくすると 大きなガラスのボールに山盛り入った冷やしソーメンが運ばれてきた。
「夏は これにかぎりますなあ。」と言ったかと思うと豪快に 食べ始めた。
呆気にとられている私に気づき「 あっ、 磯者さんもどうぞ、どうぞ。」と勧めてくれた。
こうして、食事をしながら 建築の打合せをすることになった。
冷やしソーメンを食べながらの打合せなんて 初めてだった。
そして、食事のあと つい最近作ったお風呂が最高なので、ぜひ見てくれと案内された。
通された母屋はお世辞にも掃除が行き届いているとは思えない。
本が床に、へその高さぐらいにおかれ、それが 草原のように林立している。
本の山をくずさないように風呂場に行くと、それがどういうお風呂なのか 香りで分かった。
総檜作りの贅沢な お風呂だった。
なるほど、これなら、自慢したくなるのも無理はない。
聞いてもいないのに
「私の女房(家内と言ったような気もする)はね、今ね、アフリカに行っていてね、独身なんですわ。」と、部屋が散らかっているのを奥さんがいないせいにしたかったようだ。
ご老人が世界中を旅してきたことが分かる写真が、壁じゅうに貼られていた。
とある国の大統領や 国連の事務総長と並んで写っている写真も何枚かあった。
この方は凄い人なんだ。
しかし、目の前にいるご老人は 気さくなステテコをはいたたんなる老人。
このギャップが可笑しかった。
打合せも終わり、帰りしな、手渡されたのが この本 「人師は遭い難し」 だった。
裏表紙には手際よくサインがされていた。(読めないけど)
このステテコの気さくなご老人が、昨日お亡くなりになった
俳優の森繁久彌(もりしげ・ひさや)さんだった。
森繁さん 私があの世にいったら、また冷やしソーメンご馳走してください。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
磯者
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