文化・芸術

らふ ラフ 裸婦

たらったたら たらった たらー たららー たららー たらりらー たらら たらら たらりらー。

「そうだ京都へ行こう!」の ノリで 美術館へ行ってきました。

場所は渋谷の文化村。

何回も行っているのですが いまだすんなりたどり着けません。

小学一年生の夏休みの最中に 宇宙人にさらわれて、肉を食べられない体への改造手術を受けたと信じて疑わない私は、ついでに、方向感覚をもその時に失ってしまったようです。

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おなかが空いたと のたまっておられるかみさんを黙らせるために パティオにあるカフェでランチを頼みました。

当然肉を食べることの出来ない私は、メニューは限られていて、「フィッシュ&チップス 紅茶つき」を頼みました。

程なくして とどいたのが、どう見ても 「肉料料理だろこれ」とおもう皿がテーブルにおかれました。

しかも同じ料理です。

かみさんは、たしか玉子焼きのような料理 「キッシュ」といっていたような気がしますが、目の前にある それは どう見ても卵料理には見えません。

「これ違うと思います。」と運んできたイケメンにいうと 一瞬怪訝そうな表情をしましたが、間違いに気づいたらしく、無言で皿を下げていきました。

そして届いたのがこれです。 こんどは間違いいないようです。

やりゃーできるじゃん。

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さっきのイケメンさん 隣のテーブルの外人のお姉さんたちには ニコニコと笑顔で何か話しています。

どうしてこうもあからさまに態度が違うんだろうか。

写真に写っているビールは 展示にあわせて 期間限定のベルギーのビールです。

もちろんビール好きのかみさんが頼みました。

そして、いよいよ、幻想の世界へ誘なわれていきます。

学生証をだして誇らしげに割り引きを受けているかみさんがちょっと羨ましいです。

なかに入ったら 裸の女の人が一杯いました。

鼻血がでそうです。

あっ 言い忘れましたが もちろんお客さんではないですよ。

マグリットも展示されていました。

相変わらずマグリットの絵はいつみても 安定した不思議さを醸し出していました。

すっかり 幻想の世界に浸った私たちは まだその余韻を楽しむために 近くを散歩することにしました。

松涛の散策路と表示されている道を歩くと そこは貧乏人が足を踏み入れてはならないオーラを発している 建物の展示会場のような街でした。

どの建物も建築雑誌にでてくるような立派なお屋敷です。

歩き疲れたころに 丁度いいタイミングで 公園がありました。

ちょっとした谷間になっていて、池があり、水車小屋もあります。

20091019_039  

ここが本当に渋谷から5分ぐらいしか離れていないところだと信じられないくらい静かでのどかです。

休憩を終え 歩き始めると 「松涛美術館」の案内が見えました。

引き寄せられるように ふらふらとそこに入ることにしました。

ここはなんと入館料300円です。

さっきのところよりとても安い。

実は この建物は私の中で、一度は見ておかなければいけないリストの中に入っている建物です。

こんなチャンスはなかなか無いだろうと どんな催し物であってもはいるつもりでした。

まず地下1階の展示室から見ていきます。

裸の女の人が 一杯いました。

こんどは鼻血が少しでました。 

あっ 言い忘れましたが もちろん 裸なのはお客さんではありません。

そして 一階を通り越して 2階へと行きます。

ここも 幻想的な 裸が山盛りです。

バケツで 鼻血を受けることにしました。

そんな建物の中庭から空を見上げたのがこれです。

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下を覗いて見ました。

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分かりにくいでしょうが 下は水盤になっていて 噴水が出ています。

コンクリートを加工したアルミのスパンドレルで覆っていたりそらを大胆に楕円で切り取ったフォルム 

この建物のダイナミックさと緻密さに

勇気をもらった一日でした。

私はとうとう、興奮の度合いがピークに達したようで 流れ出たちが大量すぎて 貧血を起こしてしまい、担架で運び出されてしまいました。

うそ です。

磯者

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私を出し抜いた男

何度か、このブログでも紹介させていただいたことのある、漫画家 中山 昌亮氏の公式ブログ?

(彼の名前は「なかやま まさあきです」)

が大分前にアップされていたので 紹介します。

私が高円寺に住んでいたころ、いろんな夢を語りあった仲間です。

(そう思っているのは私だけ?)

いつか故郷と東京(内地)を行き来して 仕事が出来ればいいなあと大昔お互いに言っていたことを 今年 さっさと実現した男が コノヤローです。

うらやましいです。 悔しいです。 嫉妬しますです。

左横の 「リンクしているホームページ」 の「中山昌亮のカタコト語り」を ポチッと クリックしてください。

最初は上品な文章ですけど、いつか 絶対に崩れてくると思います。

そうすると 彼のよさが 皆さんにもだんだんと理解できることと きっと信じていますです。

ハイ。

磯者

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金沢21世紀美術館

今回の旅の目的は 仕事・金沢21世紀美術館・福音館書店の発祥のお店に行く の3点です。

そして、念願だった 金沢21世紀美術館 を見ることが出来ました。

硝子が多用された、白色を基調とした 気持ちのいい建物でした。

しかしながら、スタッフの詰めている部屋の外側は 西日が差し込んでいるわけでもないのだが、外から見られるのが多分いやなんでしょうね、ブラインドで覆われていました。

こんなの 建物が出来る前から分かっていることなのて゛、何のための硝子の壁なのが理解に苦しみました。

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しかし、屋根の厚みを感じさせない収まりなど、建築的に見て参考になることばかりでした。

それぞれの展示ブースが 大きかったり、 明らかにボランティアの人々と思われる人々(普通のおばちゃんと思しき姿の人)が働いていたりと 普通の美術館にはなかなか見られない風景を見ることが出来ました。

そして、面白いことを発見しました。

普通の建物なら 巾木がありそうな場所に 30ミリほどの隙間が彫られていました。

そして、その場所に 空調用のガラリと なんと コンセントが 目立たないように設置されていました。

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すごくいいアイデアだとは思うのですが、上向きなコンセントに埃がたまり、やがては発火してしまうのではと余計なお世話ではありますが、心配してしまいました。

この美術館の最大の特徴であるプール。

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プールの外から撮った写真。

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プールの中から撮った写真。

とってもユニークな美術館ですが、一番驚いたのは 館内のカフェで、本当の「結婚式」が執り行われていたことでした。

真っ赤な顔をした 黒の礼服を身にまとった人々が大挙して ざわざわとトイレに殺到していく様は、可笑しくも 不思議な光景でした。

私ならもっと面白い美術館を設計できるのになどと 思いっきり 負け惜しみを言いながら

気持ちのいい美術館を後にしました。

あっ、そうそう こんなこともやっていました。

Dsc03868

横尾忠則のY字路シリーズには何か心に感じるものがありました。

磯者

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一週間前

ここは大倉山。200908191 大岡山とよく間違ってしまう。

あっすでに間違っていた。

大岡山です。

駅ビルは病院になっているらしく、壁面緑化がされている。

外気温より2度から3度は下げることが可能だと思う。

あるいはもっと効果があるかも知れない。

ここに来たのはライブハウスを見学するためだ。

20090819peak1駅の近のビルの地下にある。おっ はやくもオヤジギャグ。

細い階段を下りると、若い人々がたむろしていた。

あれ?

偶然にも高校生の息子がいる。

あれ?

またもや偶然にも、長男坊夫婦もいた。

いやーこんな偶然ってあるものだろうか。

なんてね。

実は、高校生の息子のライブデビューの日なのだ。

それで、仕事が暇な私は平日にもかかわらず彼を応援に来たというわけ。

息子のチームは2番目に出場だ。

どうでもいい一番目のバンドは 歌は聞こえないし 客を盛り上げないし いまいちだった。

そして、いよいよわが息子のバンド登場。

「まってました。 よっ大統領!」

この場に似つかわしくない赤いアロハのおっさんが心の中で叫んだ。

いやー、本当に 浮いている存在だとわれながら思う。

まっ、自分としては音楽関係者になったつもりでいるので、周りからどんな風に見られてもかまわないけどね。

長男夫婦はといえば、最前列に陣取り、のっけから 写真を撮りまくっている。

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まるで、「ちびまるこちゃん」に出てくる、たまちゃんのお父さん状態だ。

ステージでがんばっている息子たちは、ちゃんと歌もきこえているし、リードギターもドラムもなかなかいいパフォーマンスを繰り広げている。

そしてわが息子のベースも重低音を響かせている・・・・・ 響かせて・・ あれ?

音が聞こえていない。

アンプの調子が悪くて まったく 音が出ていない。

あせっている表情がうかがえた。

そして、一曲目が終わった。

係りの人がアンプを直して さあ、2曲目だ。

今度はだいじょうぶだ。 と思ったら、のっけから バンドがギターからはずれ、何とか、腰にあてがって演奏しているが、三線と違いエレキベースは重い。

とうとう、床に置いて弾き始めてしまった。

息子よ、ここは堂々と ゆっくりとバンドをギターにはめて 演奏すればカッコよかったのに。 

5曲演奏して、ライブデビューはおわった。

長男夫婦と私は 息子のバンド以外興味がなかったので( なんという親ばか 兄バカ )さっさと会場から出た。

長男がここの近くに魚の美味しい居酒屋さんがあると言うので そこにいったが、開店まであと一時間もある。

じゃ、その辺をぶらぶらしようと町の散策に出た。

20090819テレビの「もやもやさまーず」が大好きだという二人

商店街を一周してもまだ開店には早い。

そこで、駅のまん前にある 東京工業大学へ入ることに。

20090819_3入り口にある 「ビール一杯200円 」に惹かれてエレベータに乗った。

レストランは4階にあって、写真の半円になっている部分がそれ。

客は私たちだけだ。

200908194 中はSF映画に出てきそうな近未来的なつくりになっている。

窓の景色に目をやると 夕日が赤く空を染めていた。

一杯200円のビールがうまい。

「ここまで弟がやるとは思わなかった。」

実は、高校生の息子がもっているベースは 長男がせがまれてプレゼントしたものだった。 

どうせ、すぐ飽きて、埃が被ったままになっちゃうだろうな と おもっていたらしいが 考えてもみない誤算を喜んでいた。

そろそろ 開店の時間だ。

帰り間際、一階の建物の内部を見学した。

先日出てきた 「豆板」があったらしく いたるところに 補修の跡があった。

職人と監督の建物に対する熱意のなさが垣間見れる。あー悲しい。

以前お伝えした 「国立西洋美術館」とはえらい違いだ。

そして、目当ての店にたどり着いた我々一行はべへれけになって それぞれの家路に発ちましたとさ。

めでたし、めでたし。

磯者

 

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空調の利いた部屋から望む

8月15日

政治の常套句にある「先延ばし」これは イコール「やらない」と同義語だが、我が家の「先延ばし」は違う。

本当に実行する。

先週から先延ばしになっていた美術館めぐりを本日敢行した。

まずは、息子夫婦からペアチケットを貰っていた

 「ゴーギャン展」 

20090815

お盆最後の日とあってか、結構な賑わいだった。

なぜだか、南国の楽園を描いているタヒチの絵を見てもそれほど感動しなかった。

まあそれだけ 芸術的感性が私には備わっていないということか。

あるいは、奄美に生まれた私にとって タヒチの楽園ぶりと奄美のそれとの違いが理解できないせいなのかも知れない。

テレビでみたタヒチの映像は 確かに奄美より格段に美しく私の目には映ったが、贔屓目でみているので奄美も負けてはいない。

いつもは印刷されてものよりも本物のほうに感動を覚えるのだが、ゴーギャンに関しては小学校だか中学校の美術の本に載っていたものを見たときの方がはるかに感動したのを覚えている。なぜだろう?

美術館に行くと必ずやることがある。

それは 「お前に好きな物を一点だけやる」と言われたらどれを貰うか、作品を選ぶことだ。

「美味しい水」を迷わず選んだ。

つぎは地下鉄を乗り継いでいざ上野へ

敷地に入るとロダンの彫刻が出迎えてくれた。

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勉強不足で恥ずかしい次第だが、ここ国立西洋美術館は建築家ル・コルビュジェの設計によるものだそうだ。

これは、今回ここに誘ってくれたかみさんから教わった。

あーハズカシイ。

近代建築を語る際、鉄筋コンクリート建築の先駆者のこの人を忘れるわけにはいかない。

この建物はほぼ私と同じ歳だ。

そういう風に考えると マドンナや今年亡くなったマイケルジャクソンと同窓生ということになる。ついでにもひとつつけ加えると お笑いの久本雅美もそうだ。

解説をみると 氏は断面図と寸法の入っていない簡単な平面図(平面図というよりほとんどスケッチ)しか日本に送っていない。

しかも、敷地の大きさを無視してしまっている。

平気で、敷地より大きくはみ出したプランを描いている。

こんなこと、大先生だから許されるのであって、それとも日本をナメていた?

私の様なへっぽこ建築士がこんなことをやった日にゃ、「バカじゃないの」とか、世間さまに無能な「建築士」として、10畳もあるような特大のレッテルを貼られるのは必至。

悲しいというか偉いというか、これを許す日本も日本だ。

この設計図と呼べないような代物を解読して、実際に建てることの出来る図面に仕上げた

日本のお弟子さん(もちろんこの方はどえらい建築家です)こそ私は偉いと思う。

そして、ポンプ車もコンクリートミキサー車もはたまた コンクリートプラントさえもなかった当時に、ネコ(手押しの一輪車)だけで作り上げた職人さんがすばらしい。

ホールやピロティにあるコンクリート打ち放しの丸柱を見れば一目瞭然 その当時の職人さんの心意気を垣間見ることができる。

表面が 家のかみさんのケツよりもすべすべしている。

豆板(じゃんかと呼ぶ  コンクリートの打ち込みの状態が悪くてあばたの状態を指す 建築用語です)がまったくない。こんな施工状態のいい打ち放しの柱は そう滅多にお目にかかれるものではない。本当にすばらしい。

今回の展示物を見ていると この建物はいろんな工夫が当時はされていたようだ。

たとえば、自然光を採り入れる工夫として、レンズの絞りのようなシャッターが付いたトップライトがあったり、暗くなる部屋を明るくするための仕掛けが随所にちりばめられていたようだが、現在はほとんど使用されていなくて天井にふさがれてしまっていた。

そして、建築のコーナーを抜けると常設展示場へとつながっていた。

本当に広くて 作品の数が多い ピカソやらブリューゲルやら美術の本に出てきた作家の本物がこれでもか と 展示されている。

ゆっくり見るには丸一日は必要だろう。

すっかり絵画の世界を堪能した二人は お茶するためにレストランに入った。

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外の暑さがうそのように空調の利いた部屋から望む硝子の内側から見る中庭の景色は涼しげだった。

二人でお茶を飲みながら本日の講評をしあった。驚いたことに

もって帰りたい作品が二人とも一致した。こんなことは滅多にあるもんじゃない。

それはミロの描いた絵だった。

写実的な絵画で埋もれた広い館内を歩いていて 最後の方のブースにある抽象画が

心をほっとさせてくれた。

コルビュジェの本は高いのでブックオフで買うことに決めて、そのミロのポストカードを買って帰った。

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磯者







 

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テラ まではなんとか

相手に図面データを添付してメールで送った。

後日、先方より「いつ図面を送ってくれるんだ。」と怒りのメールが入ってきたりする事がある。

データーが大きすぎて、普通のメールソフトでは飛んでいかない事がしばしば。

もう少し大きいデーターをいつものメールに添付できないものだろうか、何て考えていたら、漫画家の「中山昌亮」氏の日記にデーターの容量についての考察が載っていた。

この下をポチッとクリックして 覗き見して欲しい。

http://ip.tosp.co.jp/Niki/TosNk100.asp?I=mogemoge5&Dt=20090202&SPA=20&Pw=

磯者

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サモガリinフジロック

サーモン&ガーリック が 「フジロック」に出演した時のレポートです。

http://web.mac.com/samogari_samo/iWeb/3A211DE0-F5C2-4735-A769-144B5969DD45/7310CDB4-C763-4F19-A70D-6D0F9633729B.html

http://www.fujirockexpress.com/08/report/report.php?id=357&page=0&sword=&swhen=&swhere=&swho=175&sgenre=&swrittenby=

はげー わきゃ島が生んだ スターじゃが。

奄美のPRが出来たと喜んでいたところが、他のミュージシャンとは違うね。

はげー、 むる行けばよかったち 後悔しゅんどぉ。

※ 上記の「はげー」は決して頭髪の薄い人を馬鹿にしている言葉ではありません。

昨夜、カミサンから「頭頂部が薄くなっているよ、ホラ!」と携帯で撮った画像を見せられました。こうなったらフランシスコザビエルになってどこか遠い国へ宣教の旅に出たいと思います。

磯者

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久々にMJとデート

7月18日

いやー ビールはうまいやねぇ。

今日みたいに、一日中お天道様が顔を出さずに蒸し蒸しする日は冷えたビールを

グイッとあおるにかぎるねぇ。

ここは何処かって?

新橋の「博品館劇場」のロビーですよ だんな。

MJからね、「磯者さん、私と落語にいかない? チケット2枚あるんだけど。」

「あっしと二人きりでかい?」

「ばかだねぇ、お前さん。 野暮なことはお聞きでないよ。」

と流し目でね、うったえてね、へへっ。

デートのお誘いとはうれしいねぇ。

と言う訳で、のこのこ 新橋くんだりまで来たという次第でさぁ。

http://www.ginza.jp/select/event/rakugo/

おもちゃ屋の8階にエレベーターで上がったところが「劇場」になってましてね、へぇってみるてぇと七福神が描かれたうちわを只で配ってんすよ、そして、ちょいと奥の方ではね、「勘亭流」で色紙に文字を書いているお人がいやしてね、結構繁盛しているんですね、これが。

おっと いけねぇ。

開演のアナウンスが流れてきやがった。 こりゃ早いとこ、席に着かなくちゃ。

J列の9番、9番・・・・  おっと ここだ。

周りをみわたすってぇと、浴衣や着物をきた若いお女中さんが結構おいでなさる。

なんともはや 粋でやんすねぇ。

あれですねぇ、映画館と違って落語の場合は、会場の電気は全部消さないでやんすね。

おっ、はじまった、はじまった。

わっははは。どっかん どっかん 

会場は、笑いで爆発している。

うまいねぇ 上方落語のこの人。

さりげなく 山本モナの話を枕にしているよ。

おっ、この人の酒の呑み方は すばらしいや、甘口か辛口まで、分りそうだ。

右隣の席には、まだMJは来ていない。

なんでも、仕事でちょっと遅れるといっていたっけ。

なんて思っていたら、来た来た。

「おーい こっち こっち」 小声で合図する

「遅れてごめん。」 目で謝っている。 「いいよ 気にすんなって」こちらも 目をぱちくりさせて応えた。

いやー 面白かった。

生の落語を聴くのは生まれて3回目だった。

落語を堪能したあっしは しっぽりと夜の街へ消えようと、あんなことや、こんな事を想像していると。

「はい、磯者さん。 チケット代 頂戴。」と MJが手を差し出している。

なんのこっちゃない、一緒に行く予定をしていた友人が急遽いけなくなったので、代わりにいける人を探していただけのこと。

誰も彼女の周りにはいける人がいなくて、暇な私に白羽の矢が刺さったというわけ。

チャン チャン。

磯者

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舞踊集団 「伊是名の会」

6月14日(土) に 舞踊集団 「伊是名の会」の創立20周年を記念した舞踊公演が、

「なかのZERO大ホール」で開催される。

その代表を務める 「原口このみ」氏が あまみんちゅドットコムのインタビューをうけた記事が載っていた。

http://amaminchu.com/entertainment/interview020.html

彼女とは小・中・高と同じ学校で学んだ、同窓生だ。

島の文化を受け継ぎ継承していく。

なかなか出来そうで出来ない。

それを20年も続けて、海外からも絶賛されていると聞く。

頭が下がる。

いつか、島唄でコラボ出来たらいいなあ。

さあ、今日も蛇皮線の練習、練習。

舞踊集団 「伊是名の会」 の公式ホームページ

           ↓

http://www.izenanokai.jp/

みなさん是非足を運んでください。

磯者

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楽珍一座

金曜日

今日八時から国立で知り合いのライブがある。

実を言うとすっかりその事を忘れていて、すあまさんからのメールで思い出した。

彼と一緒に行く約束をしていたのだった。

十五夜会の仲間でYoyoさんがご主人と組んでいるユニットで、津軽三味線や日本各地の民謡が主な演目だ。

国立駅の南口で降りて5分ほど歩いたところに会場がある。

http://r.gnavi.co.jp/b811700/

楽器のケースを持って歩いている女性が私の前を歩いていた。

案の定 YOyoさんだった。

狭い階段を上がっていくと、テレビでお見受けしたことがある俳優さんが出迎えてくれた。

お店はカウンターとボックス席があるだけの小さなお店だが、なかなかに落ち着ける雰囲気のお店だ。

津軽三味線担当のご主人 Benさん

二人のステージが始まった。

Yoyoさんの歌声に圧倒され、Benさんの三味線のテクニックに感動した。

思わず、吹けない「ハト」を吹く。

楽しい時間はあっという間に過ぎる。

ステージ終了後、三味線談義で盛り上がる。

話を聞くと、お二人とも津軽出身では無いそうだ。驚きだ。

Benさんにもう一件行きましょうと誘われ、地下にあるライブハウスにいった。

すでにステージは終了していが、まだたくさんの客がいた。

時間が気になっていた私は、すあまさんに携帯で検索してもらったが、すでに終電の時間は過ぎていた。

Benさんから家に泊まるように誘われた私は喜んでお受けしたが、まだ新婚のすあまさんは 高円寺まで歩いて帰ると言い出した。

高円寺まて゜歩けたとしても、彼の家は確か板橋、その後はどうするつもりなんだろう。

相当酔っているようだ。

Benさんの話だと、歩いて30分ほどのところに自宅があるという。

タクシーで行こうということになりタクシー乗り場に行くと、とても30分待ちで乗れるような人の数ではなかった。

仕方が無いのであきらめて、歩いて行く事に。

歩いている間もずっと三味線の話は尽きなかった。

いやー楽しい。

まだまだいろんな話をしたかったのだが、すあまさんは家に着くなりバタンキュー。

メガネも外さずに寝てしまった。

Benさんが布団を敷いてくれたので、私も寝た。

翌日、Benさんに西国立の駅まで送ってもらい、自宅への帰路についた。

事務所によって一仕事して家に帰った。

まだ、カミサンは寝ていた。 良かった。

彼女を起こさないようにシャワーを浴び、そのまま三線教室に向かった。

三線の練習を終え家に帰ると、こっぴどくカミサンにしかられたのは言うまでも無い。

まだまだ不良オヤジは更生できないようだ。

磯者

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舞台監督しました

3月22日

舞台監督しました。

会場は「ゲーテ座」 

近くには「生麦」事件で 、切り殺されたイギリス人の墓のある「外人墓地」や

洋風建築物が周りに点在している。

港の見える丘公園のすぐそば。

こじんまりとした なかなかに 雰囲気のあるホールだ。

ステージの観客動員数は 満足のいく結果とはならなかったが、「一人語り」は成功したと思う。

これまでは演者である秋元さんが、一人で進行からタイムキーパーまでしていたそうで、

今回、私自身は舞台監督として特別な事をやったという意識は無いが、ステージに専念することが出来たと、秋元さんの言葉を聴いて、役に立ったんだとうれしく思った。

照明は、部分的なリハーサルをやりながら 後はぶっつけ本番。

うまくいくか心配していたが、ホール側の照明さんの力量のおかげで、失敗せずにうまくいった。

本当に、感謝、感謝だ。

いつもながら思うことなのだが、「安房直子」さんの描く世界は、不思議な世界だ。

それを語りで表現する秋元さんも並大抵な人で無いことは充分に伝わる。

一部と二部の幕間の休憩時間、秋元さんは疲れはてて、横になっていた。

しかし、さすがにプロ。 二部が始まると、疲れた表情は微塵も見せない。

昼夜二回の公演を見事に成功させた。

私は舞台の袖で、台本とにらめっこしながら、次回やる舞台の構成に思いをめぐらせていた。

いつか、照明を交えて練習が出来るならば、あんなことや、こんな事をやりたい等と、いっぱしの舞台監督になっていた。

舞台は大勢の人々の協力の上に成り立っているんだと、それは、建築の世界でも同じ。

現場の監督しか経験の無い私だが、根っこはどこか舞台とも通じるものがあるものだ。

素敵な音楽を聞かせてくれたハープ奏者の長村さん、そして、手弁当で手伝ってくれたみなさん、本当にお疲れ様でした。

磯者

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ところで私何をやれば?

今日は、しんゆり映画祭で映画の吹き替えをしたことを機会に友人にしていただいた秋元さんと http://www7.ocn.ne.jp/~mitomoto/

 「こどもの城」で11時に待ち合わせ。

かねてから こどもの城の円形劇場で 一度公演をしてみたいとおっしゃっていたのを聞いていた。

ひょんなことから知人を介して 秋元さんをここの企画部署に紹介することに。

12階にある事務所に通され 担当の方に快く応対していただいた。

最終目標は こどもの城の協賛を得て 彼女のライフワークの「安房ールド」をかけること。

今日はその大事な第一段階。

秋元さんが、「安房直子」の世界を一生懸命説明した。

担当の方々はうなづきながらしっかりと彼女の説明に耳を傾けている。 

そして、招待券を差し出すと、今月22日に行われる公演にhttp://www.iwasaki.ac.jp/museum/menu/hall/080322.html

来ていただけるとの約束をしていただいた。

凄い好感触。

後は、秋元さんの素晴らしいステージを観てもらうだけ。

以前から「こどもの城」に秋元さんを紹介するという約束が、やっと果たせて

ちょっとだけ肩の荷が下りた。

なんでちょっとだけかというと、実は今回の公演のhttp://www.iwasaki.ac.jp/museum/menu/hall/080322.html

舞台監督をおおせつかっており、

成功の如何の何割かは舞台監督である私の手腕にかかっているからだ。


ここだけのはなし、

現場監督をしたことはあるが、舞台監督をやったことはない私は、

一体何をやればいいんだろう?

まっ、舞台だろうが、建築現場だろうが、同じ監督なのでなんとかなるか。

よおし 厳しくチェックするぞ !!

磯者

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石田徹也

8月18日

以前、NHKの「日曜美術館」で放映されていた画家の展覧会「悲しみのキャンバス」展に行った。

場所は 静岡県立美術館

8月の19日で終了すると言うことで カミサンと静岡までドライブ

テレビで紹介されていた絵を見たとき、吉田戦車の絵に似ていると感じた

が、実際に見てみると全然違うものだった。

彼が描きかったものは一体なんなのか?

会場で絵を眺めながら考えてみた。

「解らない」 これが私の正直な感想。

しかし、現代に潜む空虚感や日常に於ける焦燥感をこの絵から感じる。

更に、人間は他の存在と自分の存在を認める事によって、社会というものを形成していると思うのだが、彼の描く世界は、描かれている作者(作者は否定しているが)自身と、他との共存を拒絶しているとしか思えないほど どこか物悲しい。

御殿場インターで降りて、富士の裾野を通って富士市に入った。

あいにく天気が悪い。

どんよりとした曇り空の中に、煙突だけがやたら存在を主張していた。

浜風によって、頭から吐き出される真っ白い煙は、上に昇ることなく真横に流れている。

石田徹也の絵の色彩を思わせる。

美術館に着くころには、幾分か天候も回復していて、時折、暑い日ざしが体を刺す。

私たち夫婦は、むせ返るようなせみ時雨の洗礼を受けた。

その建物は、手入れの行き届いた歩道の先にあった。

緑の木々に囲まれてぽっかりと空いた空間に佇んでいた。

同時に、「NHK日曜美術館30年展」も同時開催されていた。

勿論、我々は「悲しみのキャンバス」展に直行。

さすがに、地元出身の画家というだけあって結構な人ごみだ。

「何を言いたいのか全然解らない。」と怒っている人。絵に吸い込まれるのではないかと思われるほど、身を乗り出して絵に見入っている人。メモを取りながら鑑賞している人と、いろんな人がいる。

彼は町田で踏み切り事故にあってこの世を去ったらしい。

しかし、この絵たちをみているかぎり

彼は生き急いだのではないのか?

例の事故は、事故ではなく、自ら命を絶ったのではないのかと邪推してしまうほどに
ある種、痛々しささえ感じてしまう。

真相は彼にしかわからない。

彼の31年の画業が詰まった画集を買って美術館を後にした。

「石田徹也」に興味を持った方は 下記をクリックしてください。

http://www.tetsuyaishida.jp/



磯者

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ヤルマン

本日をもって 20年間にわたり放送された文化放送の

「吉田照美のやる気マンマン」、略して「ヤルマン」が終了した。

私が奄美から東京に来たときに始まった番組が今日終了した。

一緒に青春を駆け抜けた「ヤルマン」が終了した。

悲しい・・・・・・・・・・・・。

磯者

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人の記憶って

先日、夜遅くまで事務所で仕事をしていたときのこと。

電話が鳴った。

「磯者さんのお宅ですか?」

聞き覚えの無い声だ。

ここの電話に自宅と間違えてかけてくるのはお墓のセールス、あまり付き合いのない人と相場は決まっている。

間違っても身内では無い。

普段から連絡を取り合っている人々は、自宅の電話番号は知っているはずだし・・・・

一体誰だろう?

「いえ、ここは自宅ではないのですが、どういったご用件でしょうか?」

「私は シマオと言いまして、以前奄美大島にすんでいた事があり・・・・」

受話器の向こうの声は、結構、高い。

少なくとも私よりは若そうだ。

「シマオ、しまお、島・・・・・? ・・・・・尾?」

奄美つながりで 島尾の姓 頭の中のシナプスが猛烈な勢いで連結し始める。

「ピカッ ! 」 頭の上の電球に明かりが点いた。

もしや、あの有名な文学者の「島尾敏雄」のご子息の 「島尾信〇」氏では?

http://www.weblio.jp/content/%E5%B3%B6%E5%B0%BE%E6%95%8F%E9%9B%84

http://www.bk1.co.jp/product/01445065/?partnerid=p-yomuyomu73866

とすると、年齢は私より10歳も上ということになる。

自宅の電話番号を伝え、そちらにかけなおしていただくようにお願いした。

仕事も一区切りついたので、自宅に戻り、早速、カミさんに電話の主は誰だったのか尋ねると、やはり、私の感は当たっていた。

なんでも、かの氏が奄美大島に住んでいたときの事を本にまとめる為に取材をしたいとの事であった。

カミさんの家族は、島尾敏雄の家族と親交があった様で、幼い頃、子供同士でよく遊んだという。

何十年ぶりかで島尾氏と話したそうだが、氏は懐かしそうに、カミさんの名前を呼んでくれたそうで喜んでいた。

昔の話をしているうちに、島尾氏の記憶の中では、カミさんの母親は上海に渡り、そこでキャバレーを経営して、時折ダンサーとして活躍していたとことになっている。

とんでもなく事実誤認だ。

こんな事を本に書かれてはたまらないと、近々直接会って話をする約束を取り付けて電話を切ったとのこと。

島尾氏に自宅の電話だと教えたのは一体誰だろう?

謎はすぐに解けた。

出版社に勤めている息子の嫁が伝えたとのこと。

ということは先述断言したことを引用すると。

息子の嫁は、お墓のセールスかあまり付き合いの無い人であり、間違っても身内で無いことになってしまう。

磯者

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安房ードファンタジー vol.9

時計は、夜の10時を少し回っている。

事務所に戻り、今日のイベントの余韻に浸りたくて、缶ビールを開ける。

駅で電車を待っているとき、続きを読もうと思ったら本が「無い!」

すぐさま、今来た改札に戻り、券売機あたりを確かめる。

やはり無い。

ブザーを押して、駅員に聞いてみるが、本の落し物はないという。

たかだか1,2分の間の出来事。 チケットを買ったときに忘れたのは間違いない。

もうろくした自分を恨みながら、ホームに滑り込んできた、電車に飛び乗った。

ずーといやな気持のまま、四角い電車の空間で、人の正義が希薄になっている事を呪う。

「神宮前」の駅に18時ちょっと過ぎに「千代田線」は到着。

いつものように、早めに着いた。

「カーサ・モーツアルト」。

名前から、パイプオルガンがあるような教会をイメージしていた。

いってみると、見事に私の思い込み。会場を確認して、街の散策に向かう。

散策というより、「冒険」若しくは、私だけの「建築の講義」。

原宿の裏道を当てもなくさまよう。面白い建物がいっぱいある。

感心したり、けちをつけたり私の勉強は進む。

勉強の時間は、あっという間に過ぎていく。

駅を降りて確認しておいた、「ラフォーレ原宿」の裏に位置する会場に向かう。

建物の外階段を登り、前もって買っておいた、チケットを受付に渡す。

半券と一緒に「おはじき」を一個手渡された。 「 ? 」

40席ぐらいあろうか、満席だった。

客席の照明が薄暗くなり、「秋元紀子」さんと、ハープ奏者の「長村美代子」さんが、さっき受付をした、入り口から登場。

簡単な挨拶の後、すぐさま秋元さんの朗読が始まった。

秋元さんとは、2年前に「しんゆり映画祭」で初めてお会いした。

お互いに映画の吹き替えをした。

私の拙い吹き替えに比べ、彼女はうますぎる。レベルが違いすぎていた。

やはり、「プロ」であった。

秋元さんと飲む機会があり、話しているうちにいくつかの共通項を見出した。

彼女は、年齢が私と一緒で、私が奄美にいるときに市民劇団「群島」で筒井康隆原作の芝居、「12人の浮かれる男たち」を演ったと話したら、彼女は本家本元の筒井劇団に所属していたという。 こんな奇遇が有るだろうか?

それからである、彼女の「ひとり語り」の案内を頂くようになった。

今回初めて、秋元さんの「ひとり語り」をみることが出来た。

「ラブ・ユー・フォーエバー 大好き」 ロパート・マンチ作

親が子を思う気持ち、命の尊さを、彼女は原作の力を借りて朗読する。いや、演じる。

涙腺が直径3センチほどになっている私は、すでに「ヤバイ」

朗読し終えた後、彼女は現代の世相を鑑みて、「死ぬな !」と参加者にメッセージを託した。 同感である。

次の演目で、受付で手渡された、「おはじき」の謎が解けた。「そういうわけね」納得。

ハープの音色と「語り」て、なんて相性がいいんだろう。

ここで、ふと、思い出したことがあった。

子供の頃、新聞配達をしていたときNHKの本放送が流れる前に流れていた曲はハープだった事をふと、思い出した。

彼女が語っている間、会場は「異空間」にワープしていた。

私の隣に座っている青年などは、あまりの心地よさに、夢の世界へと旅立っていた。

今宵の「安房ードファンタジー vol.9」が終了した。

会場を出る頃には、

私が無くした本の内容は、地震に強い建物を建てるにはどのような点に留意すべきかを解説した本だった。願わくばこの本を拾った人が、その本を読んで、地震に強い建物を建てる為の手助けになればいいじゃないかと、気持ちが優しくなっていた。

秋元さんの造りだす世界は、いくら説明しても、私の文章では表現しきれない。

是非、皆さん 彼女の異空間へのワープを体験してください。

秋元さん。いつか、奄美で、波の音をバックに語って下さい。

実現できるようにがんばります。

http://www7.ocn.ne.jp/~mitomoto/

20061118_0012 真ん中 「秋元紀子」さん 右 お嬢さんのみとさん 彼女は今回のパンフレットを作成している。

すごく美人なのに、ご本人の要望で写真にシャを掛けてあります

秋元さん、また当事務所で飲みましょう。

磯者

本日11月18日現在の 

「プロジェクト M」の賛同者 31名 

「プロジェクト M 」とは ?

http://tida.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/m_5c65.html

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「迷彩都市」

かみさんが、「中山君の絵じゃない? これ。」 といって 新聞を差し出した。

彼女が指差している紙面に、小さく雑誌の表紙が載っている。Kinma_l_20061201

確かに、表紙を飾っている絵は、このブログにも、時々コメントを寄せてくれる、中山先生の絵だ。

似かよったタッチの絵が多い昨今の漫画界において、(漫画界においてなどと大それた発言をしていますが勘弁してください)

かみさんが一目見ただけで、中山先生の絵だとわかると言うことは、それだけ個性があるということの証だ。

新聞の内容には、「近代麻雀」の表紙は載っているものの、「中山昌亮」の文字は一文字も出てこない。が、

「最新号をみると、若手の心理学者が専門知識を武器に勝負するプロファイリングもの・・・・。」と紹介している。

これって中山先生が書いている「迷彩都市」だと、タイトルから推理した。 (中山先生。間違っていたらごめんなさい。 単行本を買って確認します。)

彼が、「近代麻雀」に連載していることは、

彼のホームページ(http://ip.tosp.co.jp/i.asp?I=mogemoge5&P=0&MD=)で知っていた。

忙しい漫画家の苦悩が、日記の更新すらさえもままならない状態であることから、読み取れる。

それにしても、知り合いが売れてくるというのは、本当に我が事のようにうれしい。

ますます売れて、自邸を建てる折には、ぜひ、私に設計をご依頼ください。

※ 掲載されていた新聞  朝日新聞 11月10日(夕刊)文化芸能欄の 「時評 圏外」 亀和田 武

http://blog.excite.co.jp/mangaword/5810785

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4812465044 アマゾンで売っています。

本日11月11日現在の 

「プロジェクト M」の賛同者 18名

「プロジェクト M 」とは ?

http://tida.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/m_5c65.html

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