日記・コラム・つぶやき

あのー、ここ 間違いなく磯者のブログです。

ユーティリティーソフトで、オブジェクトやファイルの整理をしていたら、ブログ中の写真が
あーら 不思議  どこかに消えて 無くなりました。

しかも、トップページの海の壁紙も見当たらなくなってしまいました。

あまりにも間が抜けた表紙になったしまったので、「ハローキティー」のテンプレートに代えてみました。

いつものように ポチッとクリックして このページに飛んできてくださった皆様。

間違いなくここは 磯者のブログですよーーーーーっと。

当分の間は このネコちゃんで行こうと思います。

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本当によかった。

昨日のニュースで 行方不明になっていた 伊豆の漁師3人が無事だったと聞いた。

まだ見つかっていない人もいるので 手放しでは喜べないが、でも 本当によかったと心から思う。

真っ暗な 荒れた海のなか、どんなに心細かっただろうか。

何度か荒れた夜の海を 命からがら、逃げた経験がある。

本当に 怖くて心細い。

横波を受けないように 舵を操るが、船は思うように動いてくれない。

サーフィンのように 後ろから来た大波に乗ることもある。

サーチライトに照らされた白く崩れ落ちる波飛沫を見るにつけ、無事に港にたどり着けますようにと、 思わず祈らずにはいられない。

そして、港に着くたんびに もう漁師は辞めようと何回思ったことか。

救助されるまでの天候を考えたら 今回の救出はまさに奇跡としか言いようが無い。

助かった命 どうか 大事に使って欲しい。

転覆した船底をみていてちょっと気がついたことがある。

多分 この船は FRP船(グラスファイバー)だと思うが やけに きっ水が浅い。

今の船は 速さを追求するがゆえに 船底を広くして 浅く作るようになったのだろうか。

私が乗っていた船は 木造船だったので、きっ水はとても深くて 海中の船体部分の方が海面から出ている部分より大きかった。

速さを追求するために 昔の船より転覆しやすくなっているんではないかと 心配になって
ニュース映像を観ていた。

磯者

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痒い・ホカホカ

先週、横浜の現場で消防検査があるので そこへ行く途中の出来事。

その日は、至るところで 緊急停止信号やら 人身事故やらのせいで、電車のダイヤが大幅に狂っていた。

町田で やっと来たJR横浜線の電車に乗り込んだ。

いつもなら 空いていて座れるのだが 今回は狂ったダイヤのせいで 車中は混雑していた。

仕方なく、立ったまま建築雑誌を読むことにした。

目の前に3~4才の男の子とセレブぽい身なりのお母さんと思しき女性が座っている。

男の子は耳にイヤホンをして なにやらお母さんのひざの上に置かれたDVDブレーヤーの画像を見ているようだ。

どうやら、二人の会話から「あんぱんまん」を見ているらしい。

この子の体がリズムをとりはじめた。

靴を履いている足が私のひざに当たった。

私はこの子に注意をする意味で、めがねの奥から 彼をちょっと睨みつけた。

本当はぜんぜん気にもしていないし、当然怒っているわけでもない。

強いていうなら、ご愛嬌でにらんでいるだけだ。

それに気づいたお母さんがその子をたしなめている。

私はその光景をほほえましく眺めていた。

ちょっと怒られたことが気に入らなかったのか、他のDVDを見ると言い出し、ダダをこね始めた。

最初はやさしく諭すように注意していたセレブのお母さんも、だんだんと口調がきつくなってきた。

その態度にますます男の子はわがままの度合いがひどくなっていった。

耳にさしたイヤホンを両手で押さえながら、叫び始めた。

「かゆい!」 「かゆい!」 

「どこが痒いの?」 とお母さん。

「ちんちんがかゆい!」と相変わらずイヤホンを手で抑えたまま叫んでいる。

そのちんちんの言葉の方に、車中にいる人々が注目した。

その子はますますエスカレートしていく。

挙句の果てに

「ママ! ちんちんがかゆい、かいてー!」

なんというわがまま、いったいどんな育て方をしているんだこの母親は。

多分、電車に居合わせた人々はそう思ったに違いない。

母親は当然一喝するかと思いきや 次の瞬間 我が子の股間に手をあてがい 掻き始めたではないか。

「・・・・・・・・・・・・・。」

「ダメダ コリャ」

吉本新喜劇なら 電車の中の全員でこけていたに違いない。

横浜方面はどうも鬼門らしい。

10日ほど前もトンでもないことに遭遇した、

横浜の消防署に書類を提出する際、電車の中から変なにおいがし始めた。

そのときは夢中になって音楽を聴きながら建築雑誌を読んでいたので、大方、赤ん坊がお漏らしでもしたのだろうと 思っていた。

だんだんとその臭いがきつくなってきたので、さすがに臭いの元を探ろうとあたりを見回した。

電車の中には誰も居ない。

いや正確に言うと、私ともう一人 電車の連結部分の近くにしゃがんでいる、上下ねずみ色のスエットを着ている私ぐらいの年齢の男がいた。

そしてその男の傍らには ついさっきこの世に生れ落ちたと思われる物体が、ホカホカと湯気をたてて、床にぽつんと寂しそうにたたずんでいた。

私はそのものを見ながら このオッサン 夕べは何を食べたんだろうとぼんやりと考え始めた。

そんな場合か。

乗客は異変に気づき とっくの昔に この車両から逃げ出していたのだった。

たまたま次の停車駅が降りる予定の駅だったので、いまさらジタバタしても仕方がない。

鼻と口を手で押さえながら駅に着くのを今か今かと待っていた。

扉が開いた瞬間 猛ダッシュで電車を飛び出した。

ホームに降りて深呼吸をしながら改札に向かって歩いていると、新聞紙とゴミ袋とちりとりを手に持った、若い駅員さんとすれ違った。

電車の中で繰り広げられる惨劇を想像した。

「ご苦労様」と心の中でつぶやいた。

磯者

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ベッキーより手裏剣

ちょっと前から メールの調子が悪い。

作ったフォルダがいつのまにかきれいさっぱりとなくなっている。

検索をかけてみても どこにいるのか ぜんぜん見つからない。

「おーい フォルダよ どこに いっちまったんだよー。」

このメールソフトの名前は、ハーフのタレントで、顔だけ見ていると日本語をしゃべることが信じられないくらいに外人なあの女性の芸能人と同じだ。

 娘から使いやすいと 誕生日プレゼントとしてもらったので、そうやすやと捨てるわけには行かない。

いろいろ 調べた結果 どうやら 5年間もの間 たまりに溜まったデーターが膨大になっていたようだ。

そこで 念のためバックアップをとって 減量したが、まったくもって症状が良くならない。

それどころか 大事なメールが頻繁に消えるようになってしまった。

仕事上で先方からの大事なメールが 今日も消えた。

こうなっては 仕事どころではない。

これを何とか解決しなくては。

インターネットに詳しい 島唄教室の兄弟子のすあまさんに 相談したところ 保存できるメールの容量が無制限だという あの忍者の使う武器の名前のメールソフトを教えてもらった。 

仕事中にもかかわらず 私のとんちんかんな質問にもいやな顔ひとつせず、メールでのやり取りだから 表情が分かるわけではないんだけど、きっとにこにこして教えてくれているはずだ。

そして、つい今しがたまで メールソフトの乗り換えに苦戦していた。

仕事にはなくてはならないメールという武器だが、壊れてしまえば 今度はご主人さまを襲ってくる「武器」に変身してしまう。

あー、なんて恐ろしい。

ベッキー2よさようなら

そして ようこそ文字通りの武器「シュリケン」

絶対に私の体を突き刺すような真似はしないでおくれ。

磯者

 

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石川県に行ってきました。

仕事を絡めて 先日石川県に行ってきました。

高速道路の通行料が往復で2700円で済みました。

以前なら22000円程度かかった筈です。

民主党が高速道路の通行料をただにしたら もっと遠くに旅行に行きたいとひそかに思ってDsc03844_3 います。

Dsc03999_small

Dsc04003_small2_3

結構面白い写真です。

わかるかなあ?

磯者

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悪いことはできない

9月7日

建設会社を営んでいる友人マイケル(仮名)と 都内で開かれたSE工法http://www.ncn-se.co.jp/ の構造見学会に出向いた。

案内図を頼りに見学会場を目指して歩いていると、「あれっ? ここ ここだ。」と 素っ頓狂な声を上げている。

彼の見ている方向には 真新しい立派な警察署が建っていた。

2時から見学会は始まると言うのに、

このマイケル(仮名)は 昼飯を食っていないということで私を外に待たせて 中華の「東秀」で悠々とお食事をされたものだから、見学会の開始に間に合うかどうかという時間になっていた。

到着すると、やはり始まっていた。Dsc03734Dsc03731 

来年には木造も構造計算書の提出を 建築確認申請時に求められる公算が強い。

つまり、今までは、設計者の裁量に任されていた建物の安全を構造計算書という形で根拠を示せと言うわけだ。

この工法は木造でありながら 計算によって安全を確認できるシステムを構築している。

見学会も終わり、先ほどの素っ頓狂な声の訳をマイケル(仮名)に聞いた。

高校の同窓 ロン・ウー(仮名)が、つい最近先ほどの立派な警察署の署長に就任したとのことだった。

ロン・ウー(仮名)の携帯に電話をしてみた。

呼び出しているが繋がらない。

と、あきらめて 携帯をポケットにしまうと、道向かいにロン・ウー(仮名)が明らかに警察官、しかもお偉い人と分かる人物と連れ立って歩いているではないか。

なんたる偶然。

「おーい、ウー(仮名)さん!」と大声で彼を呼んだ。

さすがに彼の対面を考えると呼び捨てにはできない。

おっさん二人の大声を聞いて、いぶかしげにしていたロン・ウー(仮名)も私だと気づいたらしく、一緒について来いと大きく手招きしている。

道路を渡り (勿論、横断歩道をちゃんと渡りましたよ) 彼の後ろにくっつきその立派な建物に入った。

なかで働いているおまわりさんたちが一斉に立ち上がりロン・ウー(仮名)に一礼した。

なんだか私も偉くなった気分だ。

通された署長室は私の住んでいるアパートの倍の面積はある。

広い。

入った瞬間 三人は高校生に戻っていた。

島口で語らい、大声で笑う。

こんなに偉くなった友人は 微塵も偉ぶったりしない。

出世した友人に心からお祝いを述べた。

「いつでも 遊びに来いよ 遠慮なんかするな。」

社交辞令でない言葉が嬉しい。

でも、気軽に遊びに行ける場所じゃない。

退室の際 壁に歴代の署長の写真がかかっているのが目にとまった。

42代目の署長の写真はまだかかっていなかった。

この友人のためにも 新聞にのるような悪いことはできないと、会釈をしている警察官のかたがたの間を通りながら心に誓った。

磯者

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バーゲン会場?

昨日

20090829

すごい数の人だかり。

ここは バーゲン会場かと思いきや

なんと、「期日前投票会場」

過去に二回ほどここで期日前投票をしたことがあるが、こんなに混んでいるのは初めてのことだ。

写真に写っているのはほんの一部。

奥から右に繋がる通路そして、部屋の中まですごい人の数。

今まで三分で投票できたのが、今回は40分もかかってしまった。

今回の選挙への感心の高さがうかがえる。

そのあと、ひさしぶりに横浜にある動物園に行った。

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木立に囲まれた動物園で、時折通路を吹き渡る風がここちいい。

早速、変な動物に出くわした。

お分かりになるだろうか、お母さんの脇の間から不安そうに覗いている子供の目が。

霊長類人目人科

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そして、かわいい靴下をはいたオカピやいろんな珍しい動物に出会えた。

最後にちゃんとした動物園に行ったのは下の子が二歳だったので、かれこれ15年前ということになる。

懐かしくその当時のことを思い出しながらあるいていると、さらに懐かしい人にあった。

ばあちゃん。

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更に奥に展示ブースにいくとここでも会えた。

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じ、じいちゃん。

磯者

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起きがけに手渡されたもの

今朝、目覚めると、 きゅうりとナスと割り箸を手に持って にこにこしているかみさんが目の前にいました。

今日はお盆の入り すべてを理解した私は

かみさんが手に持っている材料でこれ↓をつくりました。

Jpg











あの世にいる人が我が家に来るときに 少しでも早く来れるように作ったのが、きゅうりの馬。

そして、あの世に戻るのに名残を惜しみながらゆっくり帰れるように作ったのがナスの牛。

ここにお墓がないので せめてもの心づくし。

我が家に、迷うことなく、故人たちは無事にたどり着けるでしょうか。

 先日、久々に知人に会った。

以前住んでいたマンションを引き払い、現在は地元で親と同居していると聞いた。

「ぜひ、家を建てる際は ご依頼ください。」とかみさんの営業トークで別れた。

その人の実家は駅に行く途中にある。

以前、設計の相談を受けたことがあり いくつかプランを描いたことがあった。

久々にその実家を見てショックを受けた。

新築の建物がそこに鎮座していた。

しかも、地下車庫は私が以前プランしたものにそっくりだった。

他に依頼したのなら、それも仕方のないこと、いろんな事情が存在する。が、せめて 事の経緯だけは知らせて欲しかった。

久々に会ったときにも何も言ってなかった。

その人との信頼関係は実は構築されていなかった。

自分の力のなさに打ちひしがれた。

やはりプランだけ描いて仕事にはならなかった物件がある。その依頼者と昨日は飲み会だった。

このお客さんは日々弱っていく奥さんのために介護しやすいようにリフォームしたいとの事だった。

私が設計と監理をやる予定だったが、なじみの大工さんがいるのでその人に工事をすべて任せたいとの申し出に そういうことならと了解した。

図面はせっかく描いたので使ってくださいと渡した。

そして現在の様子を聞くとお金はすべて払い込み済みだが2年たった今でも工事は完了していないという。

信頼していただけに施主はショックが大きいだろう。

私が監理していたなら、工事完了前にすべて代金を支払うことはさせなかったのに。

依頼者の奥さんは工事途中で体調を崩し4年前にお亡くなりになられた。

毎年彼女の命日とお盆には花と線香を手向けに依頼者のお宅へおじゃましている。

今年のお盆はお墓のある京都に帰っているので 帰る前に一度お会いしたかったと昨日の飲み会にお招きいただいた。

これから10年は生きなくてはならないので 建物をあと10年もたせるために建物の状態を確認してほしいとのことだった。

地元の人間でない私が、やっと地元の人と信頼関係を築きつつあるとうれしくなるお酒だった。

帰る道すがら 「これから、これから。」と清々しい気持ちになっていた。

磯者

あのー お気づきかどうか分かりませんが 左の リンクに私の事務所のHPがこそっと

アップしてあります。

まだまだ完成ではありませんが 見てやっておくんなまし。

 









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7月16日 初せみの声

梅雨の明けた関東は 待ってましたとばかりに一気に暑くなりました。

出勤時、事務所につくまでにはすでに汗で背中はぐっしょり。

この先が思いやられます。

今日、今年になってはじめてのせみの声を聞きました。

まだ、心なしかせみの声が小さく聞こえます。

これは難聴のせいかもしれません。

奄美の熱さは好きなのですが、関東の暑さは体にこたえます。

島の青い海に逃げたい気分にかられる 今日この頃です。

磯者

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サンキュー窃盗団 その2

7月3日

今日は 前回に引き続き 貸していただいた建物の中での撮影。

物語に出てくる部屋を いろんな人が作りこんでいた。

オレオレ詐欺集団のアジトで詐欺師たちが言葉巧みに人をだましていく。

私も、一度オレオレ詐欺の連中から電話がかかってきたことがある。

受話器のの向こうから泣き声がきこえてきた。

「〇#$△★????????」

何をいっているかわからない。

そのうちに息子を名乗る人物から 「俺だよ ○○だよ。」

すでにこの時点で別人だと気づいた。

まず息子は自分のことを「俺」などとは呼ばない。

話を聞いていくうちに 息子が友達から借りた車で青山通りで事故を起こしたとのことだった。

しかし、よく調べ上げてたもんだ 息子の卒業した大学の名簿かなんかを手にいれているらしく 名前から 家族構成まで知っているようだ。

事故を起こした息子に聞いてみた。

「怪我は?」

「車の破損具合は 動くのか?」

「救急車と警察に連絡したか?」

事故を起こした息子には怪我はないようだ。

しかし、ぶつけた車の運転手が身重の女性で、もしかするとおなかの子供が助からないらしい。

そこで、慰謝料を要求してきたので困ってお金持ちの父親に電話してきたのだという。

たしかに、息子が卒業した大学の学生のほとんどは 親は大金持ちだと思われるが、どっこい私は違う。

電話をかけた相手が悪すぎると言うものだ。

怪我をしている人が事故現場で示談を要求するのは明らかにおかしい。

ちょっと突っ込んだ質問をすると 意味不明の聞き取れない言葉が返ってくる。

「ところで、車種は? その車は誰の?」と聞いてみた。

「友達から借りた日産のスカイライン。」

事故を起こした息子が持っている車、もしくは欲しい車種は「スカイライン」と判明した。

「それ GTR?」

さすがに 動揺しない父親を不審に思ったらしく 電話は切れた。

Dsc03387












演技の打ち合わせをする監督と助監督そして、役者さん

磯者

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美人には弱い

昨日 

脳腫瘍がまた発見された親父を、入院の為に八王子の病院へ車で連れて行った。

親父は経済的なことを気遣って、大部屋でいいと病院には言っておいたが、繁盛しているせいか、お客(入院患者)で満室とのことで、個室があてがわれていた。

6畳ほどある病室を独り占め。

トイレも風呂も備わっている。

母が「一人でトイレに行ける?」と聞くと 「任せとけ。大丈夫。」と心強い返事。

看護士さんが入院の手続きの為に入室してきた。

美人でとてもやさしそう看護士さんだ。

部屋にある器具の使い方の説明が済むと

「トイレは入り口が段差になっていますが、ひとりでいけますか?」とやさしくたずねた。

すると親父は ナースコールのボタンを握り締めながら「一人では無理なので 看護婦さんを呼びます。」

おいおい、さっきの心強い返事は?

点滴の注射を打とうと 血管を捜すが、なかなか見つからない。

血管を浮き彫りにするために 看護婦さんは親父の右手首の内側を軽くたたき始めた。

「血管がさがせませんね。」と看護士さん。

それを見ていた親父、一緒になって自分の手首をたたき始める始末。

それでも見つからなくて苦戦している看護士さんに

「看護婦さんがあまり美人なので 血管が照れてしまい 出てこんが。」と軽口をたたいている。

とても、癌患者で何度も大変な手術や治療を越えてきた人間だとは思えないほどに明るい。

今日の手術 無事に終わるといいが。

磯者

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ダレダ?

遅くまで事務所で仕事をしていて いつも帰りが遅い今日この頃。

先日、

調べものをしていて ついつい遅くなってしまった。

睡魔が襲ってきて、いつの間にか デスクに顔をつけて眠ってしまった。

どれほどの時間が過ぎただろうか、 左肩を「トントン」とたたかれて目が覚めた。

「ダレダ?」

周りを見回しても誰もいるはずはない。

以前から、この事務所には何かいる気配がしていた。

私はこの気配を「座敷わらし」と呼んでいた。

「座敷わらし」の居る家は栄えると聞く。

ここ最近、この気配がなくなったことを心配していた。

どうやら戻ってきたようだ。

「お帰り座敷わらし」

磯者

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とうとう関東上陸

昨日は、目黒の消防署へ打ち合わせに行きました。

早く着きすぎてしまい、いつものごとく近所の散策をしました。

気温は30度近くあるんじゃないのかな。

背中から汗が止め処なく流れ落ちてくる。

そして見つけたのが 「目黒寄生虫館」 。

http://kiseichu.org/default.aspx

前から一度行って見たかったのですが、偶然見つけてびっくり。

入場は無料で、館内は冷房が効いていて、時間をつぶすにはもってこいの場所でした。

肉類を生で食べることの恐ろしさを痛感しました。

これからは火を通して食べることにします。

てっ、おい!

もともと私は一切肉類を食べないので、生肉による寄生虫の心配はないけどね。

と、軽いノリツッコミを披露したところで、午後一時。

消防署の人たちも昼食から仕事に戻る時間。

目黒消防署の入り口で受付を済ませると、「部屋に入る前にうがいと手洗いを お願いします。」と 指差されたところを見ると、床に 矢印が書かれていて、辿って行くと、手洗い用の消毒液の入ったボトルとうがい薬がおいてありました。

さすが、火から街を守る人たち。

インフルエンザにかかっていたら街は守れません。

危機管理の素晴らしさに感動しました。

用事が済んで、帰る途中の電車の中。

マスクをしている人は2人しかいません。

しかも、くしゃみをする人に限ってマスクをしてないときている。

と、自分もマスクをしていないことを棚に上げながら、事務所に戻りました。

仕事が終わり、うちに帰って見ると、とうとう関東にも感染者が出たことをテレビのニュースで報道していました。

時間の問題だとは思っていましたが、とうとうきたか。

明日はきっと、マスク姿の人で待ちはあふれかえるんでしょうな、きっと。

磯者

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今日は彼女の命日

今日は、Tちゃんの命日だ。

彼女が亡くなって今年で4度目の命日を迎える事になる。

昨日の夜、島から帰ってきた。

滞在中に知った親族の秘密がいくつか明らかになった。

病死だとばかり思っていた従兄弟が、実は自殺であったことを知らされた。

まだ20代だった。

親族が亡くなった原因の病名をはっきり言わない場合、自殺であることが多い。

30年ぶりの再会だった。

彼の母親、つまり私のおばと、彼の話をした際、彼の死を止めることが出来なかった後悔からか彼女の目から涙が止まることは無かった。

おばの口からは 「自殺」と言う言葉は終ぞ出なかった。

息子の死因を甥に言うことさえはばかられる 「命の終え方」

あまりにも悲しすぎる。

そして、そんな悲しい死に方をしたTちゃんの冥福を祈りながら 憾む日が今日もやって来た。

磯者。

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うんざりだとは思いますが。

この時期は、テレビやラジオ そして 雑誌、はたまた、ブログなどでも うんざりするぐらいに 「桜」の話題で持ちきりだと思う。

私も、うんざりついでに 桜の写真をば、

20090406_2 走行中の車の中からパチリ。

奥の方は見事な 桜のトンネルが 出現しているのが お分かりになるだろうか。

こんな「うんざり」ならうれしいね。(ここは多磨霊園の中にある道路)

磯者

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今日は何月?

昨日、脳にできた癌をガンマナイフで照射した後の 術後の経過を確認するための検査に同行した。

誰の話かって?

私の親父のこと。

今回で、2回目になる。

前回の検査では、自分で車を運転して検査を受けたのだが、その後、前立腺の手術を受けて一ヶ月以上もの間入院していたので、すっかり体力が落ちてしまい、歩くこともままならない状態でいた。

親父の介助をかねて、今回は私が運転して連れていった。

母から親父の様子がおかしいことは聞いていたが、今回初めて確信した。

右折の矢印が出ていない信号をみて、私に「Go」と右折しろと言う始末。


検査後に、主治医からの説明を受けた。

脳に五つもあった癌が3つは跡形もなく消え去り 二つだけが写真の中に写っていた。

が、しかし これも癌細胞は死んでおり、残骸が脳に吸収されている途中だと。

親父の生命力には驚かされる。

余命半年といわれてからやがて4年。

肺の一部切除→肝臓に移転→脳に移転 

現在は、血液検査ですらも そいつは見つからない程に癌は消えた。

主治医に記憶障害が出ていることを話した。

「あなたのお名前は?」 、ちゃんと答えられた。

「今 何月ですか?」 

「今ですか、6月です。」

「・・・・・・・・。」 私は目が点になった。

やはり、脳を手術した後遺症が出始めた。

医者の説明だと良くなる可能性は皆無らしい。

医者から癌だと告知されたとき、私は親父にはっきりとその旨を告げた。

親父は、歳だし癌治療は受けないと一点張りだった。

「じゃあ、立場を逆転して、息子の俺が癌だと宣告されて、治療を受けないで、日々弱っていく息子の姿を見ていられる? 親父。」

さすがに、このたとえ話は効いたらしく、癌と戦うことを決意してくれた。

そして、癌には現在、勝利している。

が、伏兵が潜んでいた。

後、20年もしたら、私にも同じ病気が発症するかも知れない。

そのときに、戦うことができるだろうか。

磯者

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野球と政治

私は決して国粋主義者ではないが、こと、日本対何処そことか、と言う具合に世界を相手に日本が戦う場面になると にわか愛国者になる。

では、私は愛国者ではないのかと問われれば やはり、愛国者に他ならない。

ただ、断じて言える事は、国から自国のこと、つまり日本を愛せよと強制されたら、「ふん!」とそっぽを向いてしまう。

何が言いたいのかというと、「愛国心」というものは、決して強制されるべきものではないと言うことだ。

強制しなければ「愛国心」を養えないとすると、それは国が国民に愛されていないことの証だ。

本当に、国を愛していれば、強制されなくったって、自然と自国を愛するって。

愛するほどの魅力がない国は国民に当然、愛されるわけがない。

今日のWBCでの 「日本対韓国」戦。、国から「愛国心」を強制されなくたって、ちゃんと日本を応援するし、それはごく自然の事だと思う。

日本をしょって立つスポーツのチームは応援している人に決して「強制」などしない。

国を代表して戦っている姿が見ている観客の心を動かすからだ。

自然と応援せずにはいられなくなってしまう。

ところが、昨今の政治はどうだろう。

国を代表して働いているはずの政治家の姿が国民の心を打つだろうか?

答えは明白だ。「NO」だ。

「政治家が、国をしょって働いている」と、国民の目には映らないからだ。

だから、政治に対して 「愛国心」は望むべくもなく誰も持つことはできない。

当然といえば当然だ。

私はかねがね、自分の故郷すら愛せない奴が「国」を愛せるわけが無いと、事あるごとに主張している。

この自論は決して間違っていない。

しかし、私の親や家族から、「ふるさとを愛する前にもっと家族を愛して。」と問われそうで怖いが、そのときはきっぱりと答えるつもりだ。

「もちろん!愛している、ただ、それがお前たちには理解しにくいだけだ。」 と。

磯者 

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すってんころりん

2月23日

朝、10時30分から 設計した店舗の消防検査があるため 現場に15分前にはつけるようにと早めに家を出たにもかかわらず、「雨と集中混雑により電車は6分ほど遅れています。」 と アナウンスがホームに流れている。

電光掲示板で示されている電車と到着する電車が違う。

新宿の駅に到着したのが検査が始まる時間の10時30分。

幸い、現場は駅から近いのでもうダッシュすれば4分ほどの遅刻ですみそうだ。

あいにく外は雨が降っているが、かさなんかさしている余裕はない。

勢い良く 駅を飛び出した。

階段を降り、道路を横切った瞬間、歩道にけつまずいて、バランスを崩した。

頭の中の感覚では、何とか体制を持ち直すはずだったが、体はまったく言う事を聞いてくれない。

左足首をねじって見事に右半身でスライディングした。

私はこんなとき、思いっきり悔しいという態度をとることにしている。

そのほうが、「観客」も面白いはずだ。

ちょっと大きめな声で、「アイタッ! ちくしょう!」とその場で軽く地団駄を踏んでまた猛烈な勢いで走り始めた。

息を切らして、現場に飛び込んだ。

5分の遅刻。

待っている人々に 平謝りしながら あたりを見回すと、まだ消防の検査官は到着していないようだ。

「よかった。」 

ちょっと安堵。

今までに何度も消防検査に立ち会っているが、一度たりとも検査官が時間前に来たためしはない。

いつもなら、「早く来いよ、まったく。」などと思うところなのだが、今日ばかりは彼たちが時間通りに来ないことに感謝した。

定刻を20分近く遅れて 検査官到着。

私が現場の説明をして 場内を一通り案内した。

結果は「何も指摘するところはありません。消防的にはすばらしい工事だと思います。」

とお褒めの言葉を頂き 無事終了した。

通常は お土産に何かしら 指摘されるのだが 今回はまったくなし。

このお店は新宿東口から歩いて2分ぐらいの好立地にあるので、そこの貴女!

Vゾーンから 堂々と 「これでもか!」と言わんばかりに、剛毛をはみだしていたり、腋毛の処理をするのに かみそり代がかかって仕方がないという 貴女!

そうそう、貴女ですよアナタ。

ぜひ このお店にお越しください。

心よりご来店をお待ちもうしております。(※ 私は待っていません)

「銀座カラー新宿東口店」です。

磯者

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ついに首相になった

昨日見た夢は 本当に変な夢だった。

気づくと、壇上から首相就任挨拶をしていた。

目の前で激しく炊かれるカメラのフラッシュで目を開けているのがつらいほどだ。

どうやら私はイギリスの首相になっているようだ。

側近たちは、なぜだか 私ぐらいの年齢の女性ばかりで、イギリスだという設定なのに

ばりばり日本語を話していた。

一生懸命、これからのイギリスをよくするために、決意を力強く延べているつもりなのだが、聴衆の反応はいまいちで、ナニをいっているんだかわからない風で、しらけた空気が会場内を漂っていた。

多分なのだが、私が日本語で話していたので、イギリス人には理解できなかったのかな。

そんな問題じゃないって?

磯者

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すごいぞ てっちゃん。

当事務所の仕事を手伝ってくれていたテッチャンから電話があった。

昨年、彼は「福祉住環境コーディネーター」2級の資格試験に受かり、今すでにその資格がらみの仕事を請けて進行中とのことだった。

今年は「宅建」にも挑戦するとのこと。

私もこの資格を受験するつもりなので、彼に、「絶対に落ちるように。合格するな。」と、言ってやった。

ライバルは少ないほうが良いに決まっている。

受話器の向こうから、「絶対に受かりますよ。」との返事。

「がんばれよ! てっちゃん。」

「がんばれよ 自分。」と自分自身に応援した。

磯者。

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何とか5年もちました

ただ今 午前2時25分。

明日使う図面を描いていたら こんな時間になってしまった。

とりあえず 締め切りには間に合ったのでセーフ。

ふと、仕事が終わった事を良い事に、ジンライムなぞを飲んでいる。

「ジンライム」といえば高校時代に飲んでいた飲み物。

(なんという不良高校生だ)

BGMは「中島みゆき」または「山崎ハコ」が定番だった。

今は、「山崎ハコ」を聞きながら 仕事を終えた充足感に浸っている。

そんなに吸えもしない煙草を背伸びして吸っていたっけ。

なんで、若い頃の思い出って 切なくすっぱいんだろう。

そういえば、当事務所も 皆様のおかげを持って 開設満5年を迎える事が出来ました。

本当にありがとうございます。

島にいるときに「中島みゆき」のコンサートに行った。

その時、彼女が、「山崎ハコ」のように売れないのはなぜか 自己分析したそうな。

導き出した結論が、「山崎ハコ」の曲のタイトルが、言い切っている感じが世の中に受けているということだった。

そこで彼女は考えた。

「山崎ハコ」のアルバムのタイトル 「飛びます」に対抗して、今度出す自分のアルバムのタイトル   「脱ぎます」 と。

今、「飛びます」を聞きながらこの記事を書いています。

磯者。

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上から見下ろした

いやー ご立派。

そして、悲しい~ セレナーデー~~。

サウナに入って自分の腹を上からみた感想でした。

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デジャブ

このタイトルは再掲かな?

親父のかかっている病気を改善するには、手術が必要という事で先日、小平市にある病院まで、診察を受ける為、運転手を兼ねて付き添った。

ここでの診察を終えて、今入院している清瀬の病院に帰る途中。

「この道は 初めて通る道だね。」と 不思議な事を言い出した。

そして、病院に戻るには明らかに方向違いなところを指し示す始末。

一体どうしたんだろう。

日頃から車を運転していて、この辺の道にはめっぽう詳しい親父が、とんちんかんな事を言い始めた。

度重なる脳に出来た腫瘍を焼くガンマ線治療のせいで、記憶障害が出始めたのか?

いわゆる「ボケ」が始まったんだろうか 心配になる。

親父と母と三人で 途中ファミレスによって食事をした。

あまり考えたくはないのだが、親父も結構な歳になった。

しかも、癌と他の病気もいくつか併発していて、否が応でも親父の残りの人生の事を考えないわけにはいかない。

食事をしながら、聞いてみた。

「親父、もう一度島に帰って漁師をしてみたいと思う?」

「うん。」

やはり、親父は漁師の頃を忘れられないようだ。

なるべく親父の願いをかなえたいと思う。

その為に、今できる事を精一杯やらなきゃ。

なんて、本気に考え始めた。

そんな事を思いながらテレビを眺めていると、不思議な感覚にとらわれた。

「あれ?」

いま写っているテレビの場面を前にも見た気がする。

しかもだいぶ前ではなくて、ほんの一分ほど前に。

この頃、何とはなしに気になっていたのだが、どうやらこの「デジャヴ」現象はテレビを見ているときによく起こるようだ。

局は選ばないようだ。

比較的「NHK」を観ている時はあまり起こらない。

どうやら民放の番組を見ているときに多いような気がする。

しかも、一番多いのが コマーシャルが終わったあと。

「この場面、コマーシャルの前にも見たような気が・・・・・」

ひどい時は、5分ぐらいも「デジャヴ」現象が続く時がある。

私も、もしかして「ボケ」はじめたのではないのだろうか?








って、いい加減にしろよテレビ局!

一体、45分程度の番組に何回同じテープを使い回せば気が済むんだ !

視聴者は馬鹿じゃねぇぞ !

そんなに 同じ場面を使わなくてもチャンと話の内容は記憶しているぞ !

磯者。

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遅まきながら あけましておめでとうございます。

去年は、年末に映画を連日二本観た。

「ワールド オブ ライズ」・「レッドクリフ」

「ワールド オブ ライズ」は親子三人で鑑賞したが、「レッドクリフ」は残念ながら「レイト」しかやっていないので 高校生の息子は観る事が出来なかった。

まあ、私としては お咎め覚悟で、親と同伴だから一緒に観てもいいと思ったんだけどね。

スクリーンに登場するたんびに デカプリオは男臭くなってくるね。

「ワールド オブ ライズ」の監督は 「何も考えずにただ楽しんで欲しい。」とパンフに書いてあった。

さすが 映画は「娯楽」と考えるこの監督、大好きだ。

ラッセルクローは監督の命令で20キロも太ったというではないか。

ロバートデニーロ、ジャックニコルソン、坂本スミ子 などの俳優たちも役つくりの為に、歯を抜いたり、太ったり、痩せたりと とんでもない事をさらっとやってのけるが ラッセルクローも短期間で太ってみせた。

よおし、こうなりゃ私も俳優になったつもりで やせた人物の役になって痩せてやろうじゃないか。

と、 この正月で、また元のメタボ体型にもどった体を見ながら出来もしない事をおもったりなんかしたりして・・・・・・。

あっ、 あけましておめでとうございます。

ご挨拶が遅くなりました。

元旦は近所の遊園地に初日の出を撮りに行き 二日はその写真で年賀状を作成。

三日から仕事をしております。

派遣切りなどにあって仕事がない人からくらべると ゆっくり正月休みが出来ないなどと贅沢な不満は言ってはなりませぬ。

仕事があるだけ幸せだとキモに命じて励んでおります。

息子夫婦も、「年賀状は年が明けてから投函するべし。」とする家訓を守り。

年末は、まったりと年賀状を書いていたそうな。 えらい!

その夫婦が年始のあいさつにと我が家を訪れた。

息子の嫁から 前から欲しかった「パヒューム」と「竹内マリア」のCDと「吉村順三」の建築の本をプレゼントとしてもらった。

どちらもBOOK OFで中古になるのを待っていただけにうれしかった。

なかなか気が利く嫁じゃわい。

ことしは更に世の中の情勢は厳しいものとなりそうだが、去年よりいい年にしようと、新たな気持ちで仕事に励む磯者でした。

磯者。

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うっしっ! 気合で元に戻したどぉー

暴飲暴食が祟って、先週一週間で3キロも太ってしまった、「金髪豚野郎」ならぬ

「白髪豚野郎」の磯者です。

が 気合で3キロ痩せて見せましたコノヤロ!。

昨日 カミサンを会社に送り届ける際 事故ってしまいました。

いきなり、わき道から突然飛び出してきた車をよけたにも係わらず わき腹にぶつけられてしまいました。

相手の運転者は82歳の男性で 聞くと もともと運転のプロの方でした。

頂いた名刺には 「尺八 師範」と書かれてありました。

「奄美」と「大和」の違いはあるものの、そこはほれ、同じ民謡を愛するもの同志。

自分が一方的に悪いと素直に認めていたし、人の良さそうな方だったので、相手を脅して法外な賠償請求をするわけでもなく(へっへっへ、300万円ぐらいなんとか引き出せるんじゃないかと思わなかったわけでもないが)、平和裏に事故処理を解決いたしました。

まあ、お互いに怪我もせず、車だけの修理だけで済んで不幸中の幸いでした。

どうせあたるなら車ではなく 「宝くじ」にして欲しい しかも、

買ってもいない宝くじで、一等「三億円」をと

欲く深く願う今日この頃です。

磯者

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あの人にあえないかな

今朝、体重計に乗ってびっくり。

この一週間で3キロも太ってしまった。

なんせ、毎晩のように忘年会と飲み会をしていたからなあ。

今朝も二日酔いの重い頭と 気持ち悪さで目が覚めた。

昨夜は 建築士仲間の忘年会。

居酒屋で今年の反省会と来年へ向けとの抱負などを語り合った。

閉店なので出て行ってくれと 店を追い出されたのが12時。それじゃ「カラオケだーっ」と おっさん三人で夜の街に出かけた。

さっさと帰ればいいものを。

金曜日のせいか、部屋が空いてなく、二人部屋ならすぐ用意できると言うので その部屋でカラオケをした。

昔はカラオケが大嫌いだったんだけど、今はとっても好きだ。

人の嗜好は変わるものだ。

一番年上のメンバーが一番若い歌を歌ったのには感心した。

勿論延長して、結局解散したのが午前3時。

「じゃ、よいお年を」という事で 二人と分かれた。

夜空はとっても澄み切っていて 星が瞬いてとてもきれいだ。

空気も冷えきって、酔った体に心地いい。

帰り道 畑のそばを歩いていくのだが、ここでよく出勤時に野良仕事をしている老人を見かけた。

結構頻繁に会うので、いつの間にか 「おはようございます。」と自然にあいさつを交わす仲になっていた。

私がその畑のそばを通る時刻はちょうど、一仕事終える時間らしく 上手そうに煙草をくゆらせていた。

真っ黒に日焼けした顔は、ゆうに80歳は越えていると思われる。深いしわが幾重にも顔にあった。

ある日、いつものように挨拶をしたら、股間のチャックが全開になっているのに気付いた。

「あのー チャックがあいてますよ。」と教えてあげると。

しわくちゃな顔を更にしわくちゃにして、「ありがとう」と明らかに照れている風でこたえてくれた。

そんな事が2回もあった。

このご老人の住まいは この畑の近くにあり、この辺の地主さんらしく、広い庭のある家に住んでいた。

ある日 その家にたくさんの花輪が置かれていた。

まさかとは思ったが、その日以来 あのご老人を見かけることはなかった。

多分お亡くなりになられたんだろう。

昨夜は この畑で 野良仕事をしているあの老人に会えるような気がして、しばし畑に目を凝らしてみた。

まっ、そんな事があるわけはない。

でも、もしあえたら あの世の事を聞いてみようかとか考えながら夜道を歩いていると、

私の頭上を 変な動きをする光の玉が 西から東に 移動していった。

また、「UFO」をみた。

磯者

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Wデート

11月23日

「サンドウィッチを韓国ではなんて呼ぶか知ってる?」

「知らん。」 とぶっきらぼうに返事をした。

「パンニハムヲハサムニダ。」

と あほな息子が真顔で韓国語ぽく答える。

その横で息子の嫁がにこにこしながら聞いている。

いろんな物を韓国語ではなんと呼ぶのかが

この夫婦の最近のブームらしい。

今日は 「十五夜会」の仲間の「舞」さんのキックボクシングの試合を応援に行った。

残念ながら 声援が届かなかったのか 一回戦で敗退してしまった。

試合前にリングそばですれ違った時には 彼女とは気付かなかった。

それくらいに、全身の脂肪が落ちて、私の知っている舞さんとは別人になっていた。

鍛えた人の体は美しい。

1 2

特に男の選手の体は皮下脂肪が全くと言っていいほど見当たらず、その薄い皮膚の下に筋肉の形をはっきりと見ることが出来る。

それに引き換え我が体は・・・・・

筋肉は皮膚のずーと奥に沈みこみ 筋肉の片鱗さえ認めることは出来ない。

彼女が勝ち進めば優勝するまで 応援する予定だったが、早々に負けた場合は「ほうらしゃ会」(島唄の同好会)に参加するつもりで蛇皮線を用意していた。

電話で確認すると3時にその会は終了とのこと、いま2時を回っている。

今すぐに出向いたとしても、つく頃には3時になってしまう。

「ほうらしゃ会」はあきらめた。

そうだ、こうなりゃデートだ。

丁度偶然にも、女子大生のカミサンは世田谷で 授業を受けている。

メールを打った。

「デートするよ。渋谷で待つ。」

授業が6時に終わるとして、デートまでには時間がたっぷりある。

こんな時は、本屋で時間をつぶすのが常套手段。

本屋で立ち読みをしていると。

6時15分に「バスに乗った。」と返信が届いた。

「マークシティ」の前で待ち合わせた。

日曜日のせいか人がごった返している。

多分奄美大島本島に住んでいる人が全員、ここ渋谷に集まっているのではないかと思われるほどの人ごみだった。

混んでいるところを避けて歩いていると。

「やさいや」と書かれた看板の店を見つけた。

肉を食えない私としては安心できる店ではないかとそこに決めた。

店内には ジャズが流れていて なかなかおしゃれな店だ。

道路が見えるカウンターに座った。

メニューをみてびっくり。

「た、高い!」

メキシコのビールときのこのてんぷらを頼んだ。

カミサンに息子からメールがきた。

夫婦で「ワイエス」展にいるらしい。

同じ渋谷にいるということで、「お茶しませんか」との息子の誘いに、そそくさとこの店を引き払った。

息子夫婦は一緒になる前に渋谷でバイトをしていたので、この界隈は詳しい。

今度は彼達と「マークシティ」の前で落ち合う事になった。

そして、案内されるままに とある ビルの地下にある喫茶店に入った。

そこでまず、息子から出た言葉が

「サンドウィッチを韓国ではなんて呼ぶか知ってる?」だった。

久々に遭う息子夫婦。

元気そうだ。

ちょっと前まで嫁さんは体調を崩していたので心配だったが、元気そうな顔をみて安心した。

たわいもない話をして、息子夫婦とうちら夫婦のWデートは終了した。

Photo ここのトイレはメダルを入れないとドアが開かない

帰り道、カミサンから聞いていた 井の頭線の駅にいく壁画をみることが出来た。

絵の迫力に圧倒される。

Photo_2 Photo_3

壁画とそれを見る人たち 

渋谷もなかなか粋なことをするもんだ。

こんな風にお金が使われるなら殆どの人は反対しないだろう。

壁画の下を 「ゴスロリ」のファッションの女の子が通っている。

「岡本太郎」が平和を願って描いた壁画の下を軍服の人たちが歩く日は永遠に来ないで欲しい。などと思いながら家路に着いた。

ところで 「ゴスロリ」って 「ゴシック アンド ロリータ」の略だと聞いたことがあるが

だったら「ゴシロリ」が正解じゃないの。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・結構 「ゴスロリ」ファッション 好きです。

磯者

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「告知」

先週の「タモリ倶楽部」。

面白かったな。

番組の内容は 都内を流れる河川についての考察だった。

これはこれで非常によかったんだけど、それよりも番組の間に流れる自局の番組のコマーシャルが面白かった。

まずドラマの「告知せず」

続いて、日曜洋画劇場の「犯人に告ぐ」 

思わず吹いてしまった。

「告知せず」といっておきながら「犯人に告ぐ」 だもんなあ。

順番を入れ替えると更に笑えたんだが。

「犯人に告ぐ」 → 「告知せず」

磯者

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親ばか ならぬ ばか親 ならぬ ばか爺

娘夫婦に頼まれていた プレゼントをやっと完成させた。

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なんでも 孫のベビーベッドに飾るそうな。

孫の始めての友達になってくれることだろう。

そういえば 末っ子の初めての友達は 長男がキャビネットに貼った 「カールおじさん」だった。

いつも おじさんを見て、うれしそうに にこにこしていたっけ。

磯者

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はっぴーばーすでー

昨日は 十五夜会の踊りの稽古があったが末っ子の誕生日なので早々と稽古は早退した。

折角9時には家に戻るつもりで稽古を早退したというのに小田急線が人身事故のせいで止まっている。

それぞれに、人は悩みを抱えているとは思うが なにも大勢の人の迷惑になるような死に方をしなくてもいいじゃないか。

もっとも、多くの人に迷惑になることによって自分が生きた証を残せると思っているのかも知れないが・・・・・。

http://tida.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_7707.html

今回の人身事故を自殺と決め付けているが、もしかしたら事故かも知れない。

だけど 人身事故=自殺 としか思えないぐらいに飛び込み自殺が頻繁に起こっているのが現実。

やっと電車が動きなんとか10時までには家に着くことができた。

遅くなったがさあパーティーを始めよう。

上の姉兄はそれぞれに自分の家族を持っていて、以前のような賑やかさはない。

家族3人だけのバースデーパーティ。

17歳の息子には 甘いケーキではなくちょっと大人びたほろ苦いチョコレートケーキをカミさんが用意していた。

ハッピーバースデーを歌って火のついたローソクを消した。

何も言わなかったが、カミサンと二人 この子が生まれた時の事を思い出していた。

寒い日だった。

確か木枯し1号が吹き荒れた日だった。

仕事で職場に缶詰になっていた私は 病院の我が子に会えたのは生まれてから三日も経った後だった。

今でも初めて息子を見たときの事を思い出す。

月足らずで生まれたので保育器に入っていた。

箱に入っている我が子は 医者の勘違いで未熟児扱いにされていたが実は丸々と太った過熟児だった。

ガラス越しに見る我が子を眺めながら

「なんて ブサイクな赤ん坊なんだろう。」と思った。

カミサンの姉が「女の子でなくて良かったね」と私を慰めたほどだった。

そのブサイクな我が子を眺めながら とめどなく涙が流れた。

理由は自分でも分らなかった。だけど涙が止まらなかった。

そんな子がもう17歳。

私は蛇皮線を持ち出して「ハッピバースデー」を弾き始めると 息子もアンプにつないでいないベースギターを持ってきて一緒に弾いた。

所帯を持っている姉と兄から弟にメールが届く。

どちらも それぞれの家族で弟を祝う為に用意したケーキが、写っていた。

人の生と死を考えさせられる一夜だった。

磯者

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なんで違いがわかんないんだろう

ずーと 気になっていたことがある。

それは 「国仲涼子」と「加藤ローサ」の区別がつかない事だ。

インターネットで検索すると

区別がつかないのは私だけではなかった。

それぞれのファンのコメントを見ると

互いに相手の方をけなしながらも 共通の意見として 「何で区別がつかないのか 理解できない。」そうだ。

私には この二人は、

今、NHKで放映中の朝ドラ 「だんだん」に出演している 「マナ・カナ」と同じくらいに区別がつかない。

きっと、顔を認識する脳の働きが衰えてきているんだろうなぁ。

どうしよう 

うちのカミサンと近所のオバサンの区別がつかなくなったら

・・・・・あまり影響ないか。(命がけで記事を書いています)

磯者

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星野ジャパンを応援していた人たちへ すみません、私のせいです。

ラジオを聴きながら 仕事をしていたのだが、どうしても仕事が手につかなくなって

テレビを点けた。

日本2点 - 韓国1点

「おっ、日本が勝ってるジャン。」

その調子で頑張れ。

と、応援するもむなしく あっという間に 6-2で 破れてしまいました。

選手たちはよく頑張った。

敗因は私にあるんです。

私が「星野ジャパン」の試合を見てしまったからなんです。

どうも、私が野球の試合を見ると「星野ジャパン」は勝てないようです。

私が観た「星野ジャパン」の試合は全て負けています。

今日の試合も、私がテレビを つけさえしなければ、勝てた試合だったのです。

この試合を 見さえしなければ・・・・・・・。

悔いが残ってなりません。

「星野ジャパン」を応援していた皆様、誠に申しわけありません。

磯者

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三日間で3台のエアコンが我が家にやって来た

昨日 家電量販店から エアコンの取り付け日をいつにするか 問い合わせの電話があった。

冷蔵庫がだいぶ前からお漏らしをするようになり、長期にわたっておしめの必要な介護状態にあったが、さすがに衛生面を考えると、このままじゃまずいと、家電量販点に 先週、カミサンと二人で出向いた。

和室で頑張っていてくれたクーラーも(エアコンではない)これまた、だいぶ前からリモコンが利かなくなっており、電源を入れるには コンセントでの抜き差しに頼っていた。

しかも、温度調設とか風量とかが、本体では調整する事の出来ない機種で、メーカーに修理を頼むにも、現在この世に存在していないことが判明した。

この熱い世の中で、ひと夏を乗り越えるのは 「無理!」 と判断した二人は 意を決して家電量販店でエアコンと冷蔵庫を購入した。

先週の日曜日、まず冷蔵庫がやって来た。が、下駄箱が邪魔で、冷蔵庫が玄関から部屋に入らない事態になってしまい、別途 3150円(税込み)を払い なんとか和室の窓から搬入して設置してもらった。

今まで頑張ってくれた冷蔵庫に別れを告げ、見送った。

スリムな彼は(彼女?) 新しい冷蔵庫がつっかえて通る事のできなかった玄関からすんなりと出て行った。

あの冷蔵庫は 運送屋でトラックの運転手をしている友達から、引越しの客が新居に越す際に、古い冷蔵庫はいらないとのことで、わざわざ運んでくれて貰ったものだった。

「ばりばり使えるものを簡単に捨てるなんて。」 と、当時を思い起こして感慨にふけっていると、

背後からカミサンのルンルンな声が聞える。

新品で尚且つ大きくなった冷蔵庫をなでながら、「なんだか 新婚さんみたい。」とはしゃいでいる。

おいおい 俺達の新婚時代に買ったものは 雑誌「クロワッサン」のロゴの入った大小の洗面器だけだぞ。 小さな石鹸カタカタならして 二人でよく銭湯にいった。その洗面器も今年になって捨てた。(23年間ありがとう)

そして、気持ちも晴れやかに エアコンが到着するのを待っていた。

ピンポーン、チャイムがなった。

来た。 エアコン屋さんはてきぱきと古いエアコンを外し、新品のシャープ製のエアコンを取り付けた。 

お掃除機能と排気機能がついている最新型の奴。

「さあ、では動作の確認をしてからサインを下さい。」

カミサンと二人で見守る中 スイッチオン !

「ブーン」 

よしよし、動いた、動いた。

「ブーン・・・・・ ガッタン ガッタン ガッタン・・・・・ 」

モニターランプが点滅して エアコンは止まった。   

が 、相変わらず「ガッタン ガッタン」だけは続いている。

「たまに フィルターの取り付けが悪くて こういう症状が出る場合があるんですよ。」

と、取り付けに来た職人さん。

「どれどれ、カバーを開けてと、フィルターを確認してと・・・」 「あれ? おかしいなあ ちゃんと取り付いている。」

30分ほど、あーでもない、こーでもないと、いろいろ試していたが結局直らず、「これは初期不良ですね。」  明日の夕方新品と交換します。と言って帰っていった。

思い起こしてみると、買った電化製品ではあまりいい思いをしたことがない。

テレビが壊れてしまい、テレビ番組を見る事の出来ない日々をすごしていたとき、チラシでテレビを安売りしているのを見つけ、車で一時間するところにある店まで買いに行き、「お持ち帰り」と言う条件のその安いテレビを早速家に持ち帰り、スイッチを入れた瞬間、画面がパッと光り、そのあと 小さくなり やがて点になって、最後に 水平線のように横一文字の細い帯状に光ったかと思うと「プツンッ」と 真っ暗になって、うんともすんとも言わなくなった。

買ったお店にに電話したら「それは、初期不良かも知れません、新しい物と交換いたしますので、お持ちください。」と、の賜っておられる。

往復の時間、燃料代、それにかかった私の手間を考えたら ぜんぜん安いテレビではなかった。

プリンターも 同じように、買ったその日に初期不良で異常な動作をし始めた。

例をあげ始めたら枚挙に暇がない。

夏のこの暑い夜に、我われは動かないエアコンを恨めしく眺めながら 床に就いた。

「ねむれねぇーーー!!!!!」

次の日の夕方、昨日取り付けにきた職人さんが新しいエアコンを持って来た。

昨夜のように眠れないのはいやだと、一刻も早く取り付くように、彼を手伝った。

思ったより早く作業は終了し、いよいよ試運転だ。

カミサンと二人で見守る中 スイッチオン !

「ブーン」 

あの「ガッタン ガッタン」が聞こえてこない。

「ばんざーい!」 「万歳!」 「万世!」 「バンザーイ!」

やっとこれで眠れる。

夏のこの暑い夜に、我われは快調に涼しい風を送り出しているエアコンを、満足した気持ちで眺めながら 床に就いた。

きれいなネエちゃんに囲まれて、ちやほやされている夢を見ていた。

手に持ったシャンパングラスを落としてしまった。

「ガッタン!」

あれ?  グラスが割れたら普通 「ガッシャーン」とか 「ガッチャーン」とかだろう。

何で「ガッタン!」なんだ?

まさか?

まさか?     まさか?    まさか?      まさか?     まさか?

「ガッタン ガッタン ガッタン・・・・・ 」

モニターランプが点滅して エアコンは止まった。 「はあー・・・・」 ため息しか出ない。

また眠れない夜をすごした。

さすがに 怒る気力をなくして 失望感と虚無感だけが 熱い部屋の中に 充満した。

そして、ことの顛末を冷静に その家電量販店の担当者に話した。

「初期不良が 2回も連続で続くなんて、どないな確率やねん」 

「あんた、いい加減にしいや。 新しい物に取り替えたら、いいっちゅう問題ちゃうやろ。」

「とにかくやなあ、もう シャープは信用でけへんねん。 ほかのメーカに取り替えてくれまっか?   差額がかかる?  なんやその差額って?  当たり前やろ、何の落ち度もない消費者がやなあ、あっつい夜を二晩も 過ごさな あかんかったんやで、それもなあ、あんたんとこから買うた、エアコンのおかげでなあ。 それともなにかい?  あんたのところは 誠意ちゅうもんがないんかいな? 」

と 大阪弁で言っていたら多分こんな感じのようなことを担当者に伝えた。

そして翌日、「 ナショナルの製品で 今回お買い上げいただいた シャープと同程度の機能のあるエアコンにお取替えさせていただきます。 もちろん 差額は こちらの方で負担させていただきますです ハイ。」

「もちろんって・・・・・、あたりまえでしょう。」

「いつ そのナショナルは取り付けてもらえるんですか?」

「まだ、日にちは確定しておりません。」

「それまで エアコン無しで過ごせとおっしゃるんですか?」

「いえ、いえ、本日新しい物に交換させていただきます。」

担当者が約束して、その日の夕方三代目(三台目)となる同じシャープのエアコンが取り付いた。

今日まで 気持ちよくそのエアコンは働いてくれている。

そして、昨日 

家電量販店の担当者から来週の土曜日にナショナルのエアコンを取り付けますとの電話があった。

このエアコン騒動で 得をしたものは誰もいない。強いて言えば職人さんだけかもしれない。

都合、シャープのエアコン3台 と ナショナルのエアコン1台 合計4台を、もってして、事の顛末を終えようとしている。

が、ナショナルのエアコンが初期不良でないことを祈るばかりだ。

http://www.sharp.co.jp/products/living/air_con/prod01/index.html

http://ctlg.national.jp/product/lineup.do?pg=03&scd=00001456

http://www.ksdenki.com/

磯者

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今は多分ないと思う「アップル」

以前、高円寺に住んでいた頃、「アップル」というビデオ屋で、

死体の写っているドキュメンタリービデオをよく借りていたっけ。

カミサンに、「よくそんな物を借りて観れるわねぇ。」とあきれられていた。

もう一人、電気屋の二階にあるこの店で、よくビデオを借りていた人物がいたが、

その人、ついこのあいだ死刑になった。

そう あの 「宮崎勧」。

その当時 彼は自宅のある青梅方面へ帰る際この「アップル」を利用していたとニュースで知った。

警察が、いわゆる「キワモノ」のビデオを借りている「アップル」の顧客のリストを調査したとニュースで言っていた。

当然そのときのリストには私の名前も載っていたはずだし、猟奇的なドキュメントビデオばかり借りていた私は、当然、犯人のリストにも挙がっていたに違いない。

が、しかし警察からの問い合わせは一度もなかった。

多分、昼間は働き夜は専門学校に通っていたので、すぐにアリバイが確認できたからだとは思うが。

同じ店で似たようなビデオを借りていた奴が かたや殺人を犯し死刑囚になるなんて 気持ちのいいものでは無い。

ついぞ、「鼠人間」が出てきて彼を救うことはなかったようだ。

駅に行く途中にあったあの店、もう無いだろうなあ。

あの店長、どこでどうしてるんだろ。

磯者

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どこかでみた人だ

テレビで Wii Fit の CM を見てて どこかで見たことのある人なんだけど思い出せずにいた。

が、思い出した。

ゼネコンで働いていたときの ○氏だ。

工事が遅れに遅れている現場だった。

担当の監督の精神状態がおかしくなるほど、悲惨なマンションの建設現場に契約社員として入った。

私の他に契約社員が何人もいたが、クビになったり、突然こなくなったりで、結局私一人になった。

現場監督として入った期間約6ヶ月。

その間に家に帰れたのは10日も無い。

その内の一ヶ月間は、まっすぐに立つことが出来なくて、中腰でしか移動できない地下の基礎部分での仕事だった。

過酷な労働条件だったが、仕事がなくて、やっと見つけた職場だった。

文句なんて言ってられない。

金の為に働いた。

そこで出会ったのが ○氏だ。

彼は私と同い歳で、ゼネコンの正社員だった。

設備の担当をしていた。

毎日のように朝早くから、夜遅くまで一緒に働いた。

悲惨な現場で、彼はいつも上司から八つ当たりされてたように記憶する。

しかし、不思議な雰囲気を持った人で、どんなに追い詰められた状況に直面しても、

いつも、ひょうひょうとしているのだ。

「なんとかなるでしょ。」といっては なんともならない場面を幾度となく見てきた。

が、しかし、全然へこたれない人だった。

CMでもどことなくあの当時の表情が漂っている。

http://wii.com/jp/movies/wii-cm-soft136/

「50歳 建築図面技師」と紹介されている。

つまり、まだ資格はとっていないってことなのか。

がんばれ ○氏 !

磯者

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Tちゃんに電話してみた

携帯電話のアドレスで確認して Tちゃんに電話した。

相手の電話機は 「ププッ ププッ」という呼び出し音から

ソフトバンクと分る。

呼び出している間、実は複雑な気持ちでいる。

もし出たらどうしよう?

なんて話せばいいんだ。

「やあ! 元気?」

そんな ばかな? 出るわけ無い。

「はいっ」

出た。

一瞬驚いた と同時に ホットした。

受話器の向こうの声は若い男性の声だった。

「あのぅ 磯者と言いますが、Tさんの電話でよろしいですか?」

「違います。」

「失礼しました。間違えました。」

白々しい嘘を言って電話を切った。


これで、私の携帯のアドレスから Tちゃんの番号が消せる。

もしや、かけたら Tちゃんが あの明るい声で電話に出るんじゃないかと

じつは 淡い期待を抱いていた。

Tちゃん。 彼女は2年前の、今日 

自ら命を絶った。

自ら命を絶った事を批難しながら そして、彼女を偲んで、今日は一人酒を飲もう。

磯者

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人事ではない

中国で地震が起こり多数の犠牲者が出ている。

実態が明るみになるにつれて、その数が増えるのは必至。

テレビから流れてくる映像を見る限りでは、阪神大震災の時のような火災は起こっていないように見受けられる。

建物の階数が5~6階建ての建物が見事に崩れている。

被害が大きいのは地震の規模が大きかっただけではどうもなさそうだ。

耐震強度の基準が日本より低いと聞く。

瓦礫の中にあまり、鉄筋や鉄骨が見えないのは、建物の構造自体が日本と違うのか、それとも、手抜き工事のせいなのか、現段階では真意の程は分らない。

気になることがある。

それは学校が崩壊していることだ。

いまだ多くの児童生徒が建物の下敷きになっている。

本来、有事の際に人々の避難場所とならなければならない公共建築物が、見るも無残な姿になっている。

これは人事では無い。

日本の学校も未だ耐震補強工事が全て済んでいるわけではなく、4割近くの建物は耐震診断さえすら行われていないと聞く。

今、まさにこのとき、中国で起こった規模と同じ地震が起こったら、日本も紛れなく甚大な被害をこうむるのは避けることのできない状態にある。

日本政府も隣国で起こった出来事を日本で起きたならと、もう少し想像力を働かす事が出来れば、何が大事で、何を優先しなければいけないのか自ずと分るはずだ。

3ヶ月後に迫った北京オリンピックの開催を、予定通りに行うことを早々と中国政府は表明した。

それは、今回の地震による救助及び復興に対する自信の表れか、はたまた、自国民の命よりも、世界に対する見栄なのか。

おそらく、後者に違いない。

赤い旗を振りかざし世界の聖火リレーの応援に駆けつけた愛国者達よ、こういう時こそ本当の愛国心を発揮する場面ではないだろうか。

さもないと、オリンピックの開催が、あなた達の同胞の大事な命よりも最優先されていく。

磯者

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GW最終日

6日、GW最終日。

「私、運動、嫌い。」と 公言してはばからないうちのカミサンが何を思ったか、ハイキングに行こうと言い出した。

小田急秦野の駅で降りた。

Dsc02538

初めて降り立つ駅だ。

写真では分りにくいだろうが、鳩よけのネットやとげとげで、折角の駅の景色を台無しにしている。

Dsc02537

これは駅で売っていた落花生の塩茹で。

懐かしいので一袋買った。 奄美では落花生と言えば枝豆のように茹でて食べるのが一般的。

これは、冷凍してある。

駅を出たのはいいが、さて、どこに向かえばいいのやら。

全てカミサンに任せてあるので、皆目検討がつかない。

当のカミサンも分らないでいる。(おいおい、言い出したのはあんただろ?)

まあ、山に向かっていけば何とかなるべ、と歩き出した。

途中で「オリジン弁当」で弁当を仕入れ、リュックをしょっている人を見つけ、その人たちの後をつけた。

正解だった。

Dsc02539_2

登山口からは、勾配の急な細い山道になっている。

日頃の運動不足がこたえる。

いくつかの山を越え山道をどんどん進んだ。

山のふもとから、絶えずさわやかな風が体をすり抜け、地上は例年には珍しく「夏日」だと言うのに、とても清清しい。

Dsc02544 浅間山の展望台

Dsc02542 秦野市街が目の前に広がる

途中、農家の人が道端で、野菜を売っていたので、「甘夏」と「水フキ」を買った。

奄美では「フキ」なんて買ったことなんか無い。

山にとりに行くものだ。






途中で遅い昼食をすませ、休憩もそこそこにズンズン歩いた。

歩き始めて約3時間ついに目的地の「鶴巻温泉」へ着いた。

歩いた距離 7km。

結構歩いたものだ。

汗を流しに、駅の近くの温泉へ入り、さっぱりした後、ビールとしゃれ込んだ。

「ぷはぁー。」

止められませんなあ。

調子に乗った二人は、冷酒にまで手を出す始末。

気分のいいまま、帰路についた。


電車を利用した「小旅行は」初めての経験だった。

いつもなら車なので、運転している私は飲めない。

カミサンは、そんな亭主を尻目に、平気で美味そうにビールを飲むのが常だった。

しかし、今回は違った。
 

病みつきになりそうだ。

磯者

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デジャヴ

テレビで「デジャヴ」を観た。

この映画ってSFだったんだ。

結局タイムマシンが登場する話だとは・・・・。

「デジャヴ」といえば先日、建築のセミナーを受けていたとき、奇妙な感覚にとらわれた。

そう、「デジャヴ」だ。

この場面、前にも経験したことがあるぞ。 ・・・・とここまではよくある話。

今回のはちょっと違っていた。

なぜなら、前にも見たことがあるという感覚は同じなのだが、セミナーの最中、講師を眺めながら、次は「この重い****を振り下ろし・・・・・・」とこの先生言うぞ、と思っていたら、本当に同じ言葉が講師の口から発せられたからだ。

凄くびっくりした。

過去に何度も「デジャヴ」は経験しているが、次に起こる事を予言したことは無かった。

多分、何度も同じ人生を繰り返していて、時折そのときの記憶が脳裏によみがえるのではないのだろうか。

だとすると、私は今年50歳を迎えるが、素晴らしい人生がまっているはずだ。

なぜだか分らないが、50歳になってからの私は、とても幸福になると確信していて疑ったことが無い。

前回の人生が素晴らしいものだったからその事が次元を超えて、脳裏によみがえるんだきっと。

この事をカミサンに話したら多分こう言われるんだろうな。

「はい、はい。 どうでもいいから豆乳買ってきて。」

あっ、これも「デジャヴ」だ。

磯者

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伊勢海老ラーメン

3月12日

今日は十五夜会の練習日なのだが、練習の前に気になっていたラーメン屋に行く事になっていた。

メンバーは三線の兄弟子と姉弟子の3人。

Dsc02478

手ブレでよく見えないがここがそのラーメン屋さん

私と姉弟子は「伊勢海老ラーメン」 兄弟子は「伊勢海老ラーメンデラックス」をそれぞれ注文。

Dsc02482

















この写真は 「デラックス」の方

伊勢海老の頭の部分を半分に割ってその中に海老ミソが入っている。

ミソとはいえ、全くの海老のものだけではなく、何かと調合されていてとてもまろやかな味に仕上がっていた。

私は少しだけそのミソだけを食べて 後は豪快にスープの中に混ぜた。

スープは基本的にとんこつがベースだと思うのだが、それ以上の味の正体がつかめない。

麺は私の好きな太麺、しかもストレートときている。

このラーメンは全体的には美味しい方の部類にはいるだろう。

しかしながら、残念なのは 「伊勢海老ラーメン」と銘打っているからにはもっと海老の風味が欲しかった。

伊勢海老は奄美ではもっぱら「海老汁」として食すのが主流だ。

味噌汁仕立のスープに海老を丸ごと突っ込んで煮る。

海老やかには、その独特な風味ゆえに、長くスープを煮込むようなラーメンに使うのにはいささか難しいのかも知れないがそこを何とか工夫して欲しかった。

もと、ラーメン屋のせがれの私が「伊勢海老ラーメン」を作るとしたら、奄美風に味噌仕立てのラーメンを作る。

島に帰って海に潜る機会があれば、「伊勢海老」を捕ってこのラーメンを作ってみたいものだ。

磯者

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花粉症

物凄く面白い 記事が書けたと思っていたら、保存に失敗して、消失してしまった。

あーあ。

なかなかの傑作だったのになあ。

残念。

長編だったので、また書く気にならないしなあ。

磯者

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ありがとう テッちゃん

先月2月末日をもって 当事務所の季節労働者こと テッちゃんが退所した。

事務所の開設当初から仕事を手伝ってくれて、はや四年。

あまり建築のことは教えてやれなかったが、料理の腕前だけは上がったと思う。

寂しくなるがそれも仕方の無いこと。

今年、映画の仕事を一本やり終えたら、地元に帰り、 親父さんの仕事を手伝うという。

がんばれよ テッちゃん。

テッちゃんにゆかりのあった人たちへ

まだ詳細は決めていませんが

彼の送別会を 6月以降に しめやか に催したいと思います。

参加される方は、是非当方までご連絡下さい。

磯者

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「ハシケン」ライブ

土曜日、高校時代の後輩の清美から誘われて「ハシケン」なるミュージシャンのコンサートに出かけた。

何でも、彼女からの注意点として、会場はオールスタンディング状態なので、イスに座れるなんて思うなよ。そして六調が踊れるカッコウで来い。絶対にハイヒールは履いて来るな。という強い調子でメールに書かれていた。

「解りました。ハイヒールを履いていくのはやめます。が、ブラは着ていくかも知れません。」と返信しておいた。

彼女は二歳も年下の後輩のクセに、私にはいつも高飛車な態度だ。

私は、「サンシン」教室でお世話になっている兄弟子の上野氏と一緒に行く事に。

吉祥寺の改札で午後6時50分。

約束の時間通りに、上野氏から携帯に連絡が入った。

清美の携帯に連絡を入れると駅まで迎えにきてくれる手はずになっていた。

登録しておいた彼女の携帯に電話を入れた。

すると野太い男の声が受話器の向こう側で清美ではない事を告げている。

多分、私が携帯番号を登録する際に間違えたに違いない。

そそっかしい自分のせいだ。

彼女と連絡が取れないと場所が全く解らない。

駅に着いたら彼女に連絡すればいいやという事で、場所を書いたメモすら持ってきていなかった。会場の名前も知らない。

電話番号を間違って登録した自分が悪い。

自業自得だ。

途方にくれていると、事もあろうか、上野氏は会場のありかを知っていた。

良かった。

彼に導かれるままに夜の吉祥寺を歩いた。

ライブ会場に着くと彼女の名前で予約されていたチケットを買い適当に空いているテーブル席に着いた。

時間は10分ほど過ぎていたが、まだ始まっていなかった。「セーフ」

すぐに私の姿を見つけて清美がやって来た。

私の背中に手を回しブラがある事を確認した。

「って、そんなわけないだろう。」

彼女は本当に私がブラを装着してきたと思ったらしい。


照明の明かりが落とされた。

激しいロックの「ワイド節」が流れた。

この曲の作者である「坪山豊」アニョ(兄・・・・の意味 奄美では目上の男性に尊敬を込めてこのように呼ぶ)

の許可を取っているのか気になるところなのだが、島唄がロックで表現されたとき、こんなにも違った力強さがでるものなんだと、新しい発見をした。

「ハシケン」の曲は聴いていて心地よい。

音楽のことが全くわからない私が、あえて評論するとしたら、彼の音楽には70年代のテイストが流れていて、しかもそのメロディの中に、沖縄や奄美が時折、控えめに顔を出す。

70年代がまさしく青春時代だった私にとって、どこか懐かしい音楽だった。

心地いい気分の夜だった。

ありがとう清美。

家に帰って、登録しておいた清美の携帯番号を修正しようと、以前彼女から手渡されたメモをみて怒りが込み上げてきた。

登録しておいた番号と全く同じなのである。

つまり、清美が間違った番号を私に伝えていたのだった。

このーーー!!!       「清美ーーーーっ!!!!」



磯者

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イージス艦衝突事件に思う

先日いたたまれない事故が起こった。

それは日本に誇るイージス艦と漁船との衝突事故だ。

若かりし頃の自分と父親、そして事故に遭われた漁師親子とがオーバーラップしてしまう。

事故に遭った漁船の大きさもその親子の年齢も、丁度私が磯者(漁師)をしていた頃とそっくりだ。

高校こそ退学しなかったものの、乗組員が居なくて漁師になったいきさつ等、まさに当時の私そのものだ。

テレビ報道を見ている限り、イージス艦の乗り組員が嘘の報告をしているとしか思えない。

まず、緑色の光を確認したにもかかわらず、船だとは認識していないこと。

確かに、夜光虫やその他の生物が光を放つことはあるが、普通に考えて、海面に緑の光が現れたら、それは人工のものすなわち「船」だと認識するのが常識的だ。

そして、船や飛行機には「航行灯」なるものが装備されていて、進行方向に対し、右側にあるのが「青」若しくは「みどり」色。そしてその反対にあるのが「赤」色と決まっている。

何色の光が見えるかによって相手の船の進行方向を判断する為だ。

しかし、乗組員は緑の光を見たと言っている。つまり、漁船はイージス艦から見て左から右方向に動いていたことになる。

このことは何を意味しているかというと、漁船の方に回避義務があったということだ。

船舶免許を持ってい無い方に説明すると、自分の船から見て右側から左に進んでいる船を発見した場合は自分の船が減速して右に旋回しなければならない。

憶測で物を言ってはいけないが、多分、自衛官は咄嗟に自分たちに有利になるように、航行灯の色を「緑」と言ったのではないだろうか。

それと、もう一点気にかかることがある。

それは、小さい漁船はレーダーに映りにくい為、大きく写るような装置を積んでいることだ。

漁船の事故前の画像が無いので、なんともいえないが、通常の漁船は船の一番高いところに、オレンジ色のソフトボールを2倍くらい大きくした球体を載せている。

これこそが、自分の船を大きくレーダーに写す装置だ。

これがある事によって相手のレーダーには実際の船の大きさより、大きく映し出される。

このことは全く、どのチャンネルも触れていない。

もし今回の漁船のこの装置が正常に機能していたら最新の設備を誇るイージス艦が見落とすわけは無いと思う。

全くの人為的ミスだとしか考えられない。

漁船には二人の乗り組員しか居ない。

二人だけで交互に船の舵を握る漁船と、何十名も乗組員が居て、2時間おき位に見張りを交代できる艦船。

もっとしっかりして欲しい。

ただ、イージス艦の見張りをしていた乗組員の話が本当だとすれば、漁船の舵を握っていたものが居眠りをしていた可能性もぬぐい切れない。

原因究明までは時間がかかるだろう。

それよりも何よりも、漁船の親子がどこかの船に救助されている事を願うばかりだ。

磯者

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本物の楽器のありがたさ

高校を卒業したばかりのころ

巷では、ディスコ全盛だった。

奄美でも、当然流行っていた。

通称「ハイビ」と呼ばれるビルの2階だったか3階だったか忘れたけれど、土曜日の夜ともなると、若者たちが精一杯のおしゃれをして、集まってきていた。

一昔前のダンスホールのように ミラーボールが天井からぶら下がり、ブラックライトが白色の服を淡い蛍光色に染めていた。

都会の「ディスコ」がどうなっているのかは知らないが、ここはあきらかに異空間だった。

ホールの前面は鏡張りで、東京や大阪からステップを覚えてきた若者が鏡の一番近い処に陣取り、得意な踊りを鏡に向かって踊っている。

その他の者たちは彼の踊りを真似して踊る。

つまり、全員が鏡に向かって同じ動作で踊るのである。

何とも不思議な光景だ。

いつ行っても、流れる曲の順番が同じだった。多分、オープンリールに4時間分の曲を録音しているのだろう。

店の従業員は、テープレコーダーのスイッチを一回入れれば、後は店仕舞の時まで曲は流れ続けるという按配だ。

DJなんて勿論いない。

その当時流行っていたソウルやディスコは当然かかるのだが、時折、ルンバ、チャチャチャ、挙句の果てにはワルツもかかる始末。

いつの間にか社交ダンスクラブになっている。

そして興も乗ってくる時刻になると、こともあろうか三沢明美の「島のブルース」がホール内に流れ、会場は幾重にも丸くなった列をつくり、大盆踊り大会へと変貌するのである。

いやはや、何ともローカルなディスコだ。

それでもさすがに〆は「メリージェーン」と、ディスコらしく、チークタイムでお開きとなる。

ここで流れる音楽の多くに「ハモンドオルガン」が使われていた。

これが物凄くかっこよくて、音楽がまるっきし駄目な私は、こんなに楽器が弾けたら気持ちいいだろうなぁと思っていた。

そんなおり、ヤマハミュージックスクールで「エレクトーン」教室の生徒募集の広告が目にとまった。

「よし! これだ。」

あとさき、なーんも考えないで、早速入会。

楽器はクレジットで買えばいいや、などと軽い気持ちでいた。

鍵盤楽器を自在に操っている自分の姿を想像して、心はすでに一流ミュージシャンだった。

始めて触れるエレクトーン。 教室のある日が待ち遠しかった。

教室では、一人に一台ずつあてがわれて、先生からも筋がいい等とおだてられ、有頂天になっていた。

しかし、家に帰ると楽器はない。

未成年という事でカードが作れずに、エレクトーンを買えずにいた。

仕方が無いので、印刷された鍵盤を机に於いて、練習に励んだ。

しかし、教室に行く回数が増えるにつれ、他の生徒さんたちに、どんどん引き離されていくのを感じた。いや、実際、手の届かないほどにその差は開いていた。

私は、ベートーベンではない。

彼と違って、目もいいし、視力は2つの目を合わせると4もある。

耳だって、今のように耳鳴りなんてしないから当然よく聞える。

しかし、さすがに音の出ない紙の鍵盤での練習は上達するわけが無い。

そして、やがてやってくるお決まりの発表会。

結果は・・・・・・・。

惨敗だった。

しかし、今は違う。

本物の「サンシン」が手元にある。

紙じゃない「サンシン」が。

本物で練習できる喜び、紙じゃない喜び。

「唄者」になるのは 時間の問題だ。

磯者

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なんとか4年もちました

1月末日、今の場所に、事務所を開いて満4年が経ちました。

そして、2月1日から5周年目に突入いたします。

今年は5年目という節目の年

頑張るぞー。

皆さんのご協力や暖かい声援のおかげで何とか潰れずに今日までこれました。

これからもよろしくお願いいたします。

磯者

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UFOを見た。しかもかみさんと

昨晩のこと。

自宅の前をかみさんと二人で歩いていた。

すると前方に、物凄い光を放ちながら飛んでいく物体が・・・・。

最初は飛行機かと思っていた。

ところが光がおかしいし、飛んでいる高度もおかしい。

通常の飛行機の高度より断然低い。

航行灯も見えない。

 一秒程度の短い時間でそのショーは終わった。

一瞬にしてその物体は姿を消した。

雲にでも隠れたのだろうか?

いやいや、そんなことは無い。

その光が見えた付近の空は快晴で、遠くに星が瞬いているのが見える。

今までに何百と言う数の流れ星を見てきたが、今回のこれは明らかに流れ星なんかとは違う。

空飛ぶ円盤かどうかは、定かではない。

しかし、あの光る物体がナンなのかは解らないので、やはり 
「未確認飛行物体」=「UFO」と言う事になる。 

これで三度目の目撃となってしまった。

磯者

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トリコシクロウ

1月8日

今更ながらですが、

あけましておめでとうございます。

本年も、よろしゅうお頼み申し上げます。

皆さんはどんな初夢を見たのでしょうか。

私は、2日の夜に見る夢が初夢だとしたら、見ていません。

しかし、その日の昼間見た夢を初夢に無理やり入れるとしたら

見た事になります。

空を見上げると、奇妙な形をした宇宙船が何隻も飛んでいました。

その内の一隻が段々と私の家に近づいてきます。

そして、家の前の道路に降りたかと思うと、中から何名もの宇宙人が降りてきて

家捜しを始めるのです。

見つからないように必死に隠れるのですが、家族共々見つかってしまい、

宇宙船に連行されそうになりました。

私以外の家族は連れて行かないでくれと懇願しました。

宇宙人たちの話している言葉はチンプンカンプンなのですが、なぜか頭の中に直接入り込んできて、耳では理解できないのに、ちゃんと脳は理解しているのです。

必死に頼み込む私の姿をみて、家族の連行は免れました。

私を乗せた宇宙船はフワッと浮き上がったかと思うと、光速で宇宙の彼方に飛んで行ったところで目が覚めました。

私は、いつしか夢で見た事が起こると、心のどこかで信じているフシが有ります。

なぜなら、過去に見た夢が現実に起こったことが何度かあるからです。

こんなこともありました。

友人のお父さんが夢の中に出てきました。

夢の中のお父さんは なぜだか私を見てニコニコしているのです。

私が知る限り、その方はとても厳格な性格の持ち主で、笑顔を見たことは一度もありませんでした。

勿論、彼の登場する夢は今だかって一度も見たことはありません。

夢から覚めて、妙にそのお父さんの事が気にかかり、友人に電話をしました。

「久しぶり。どう? 変わりない?」

「ところで、お父さん元気?」

何でそんな事を聞くのか、友人は怪訝そうな声で、

「元気にしているよ。」とこたえました。

良かった。 

実は、友人のお父さんの身になにかあったのではないかと、思っていたのです。

私の取り越し苦労だったと胸をなでおろしました。

それから一月ほど経ったでしょうか。

その友人のお父さんが亡くなったのを知ったのは。

磯者

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クリスマス

12月26日

昨日はクリスマスとやらで、世の中は聖夜一色。

我が家のクリスマスは、22日にすでに息子夫婦の家でささやかなお祝いをした。

クリスチャンでも無いのに、一体何のお祝いなんだかわからないんだけどね。

ようは、久々に家族で食事でもしましょう、ということ。

Dsc02427 メニューはぶりと鯛のしゃぶしゃぶ。

きれいに切りそろえられた魚は、息子が包丁を入れたとのこと。

腕を上げたな息子よ。

音楽担当は、次男。

各自一枚のCDを持ってくるようにいわれていたので、クリスマスソングのCDを持っていった。

Dsc02430 我が家ではクリスマスにケーキを食べるという風習は無い。

息子夫婦は歳の離れた弟の為に、アイスケーキを用意してくれていた。

ところでクリスマス用のケーキに立てるロウソクは何本立てるのが作法なのか、キリストの生誕を祝うのだから、彼が生まれて2007年。

ということは

2007本のロウソクをケーキに立てなければならなくなる、ドヒェーッ!!

ケーキも食べ終わり、いよいよプレゼント交換。

箸たてに 5本の棒が立っていて、それを順番にひとりずつとっていく。

棒の先には、名前が書かれてあり、その名前の主からプレゼントをもらうという趣向だ。

私の引いたその棒には息子の嫁の名前が書かれていた。

筆不精の私へのプレゼントは、アンティークな便箋と切手のセット。

ありがとう。

しかし、もったいなくて、文字を書くのが気が引ける。

プレゼント交換とは別に、かみさんがそれぞれの為にプレゼントを配った。

25日クリスマス当日 世の中はジングルベルでうかれている

かみさんは忘年会。

息子と二人だけのクリスマス。しかし、彼は別室でオンラインゲームに興じている。

仕方が無いので、かみさんから先日もらったものでも作るとするか。

作業を始めるとなかなかに面白い。

時間も忘れてハマッてしまった。

時計を見ると午前5時30分。

しまった、仕事があるというのに徹夜してしまった。

分別のある大人のすることじゃないな。

と、徹夜で作ったものが 

これ

20071226_2 私が「ザク」好きだと言う事を知っている

かみさんならではのプレゼントだ。

ありがとう









今日は建築の仲間と忘年会があるというのに、起きていれるんだろうか。

心配しつつ仕事に向かった。

磯者

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十五夜会 忘年会

12月2日

九品仏で十五夜会の練習の後 近くの「正や」で忘年会

師匠の弟子のグループは、20年ほど前から活動している「朝崎会」と、私が所属している

「十五夜会」の2つのグループから成り立っている。

「朝崎会」のメンバーは当然70歳前後の大先輩達だ。

最長老は82歳だが、なんのなんの、かくしゃくとしている。

大きな声を出して、踊っている効能だろうか。

師匠がカーネギーホールでコンサートをしたとき、「朝崎会」のメンバーも同行したという。

滞在時、ホテルでくすぶっているのがイヤで、セントラルパークで輪になって踊っていたら、すごい数のギャラリーに取り囲まれたそうだ、そのうちに、パトカーが何台も出動してきて、メンバーは「こりゃ逮捕されるかもしれない。」と覚悟をきめたそうな。

しかし、何事も起こらず、ギャラリーのすごい喝采で終わったという。

何でも、そのパトカーで駆けつけた警官達は、踊っている人々が、ギャラリーから危害を加えられないために、護衛についていたと説明したそうだ。

何とも、心温まる話じゃないか。

師匠が一人一人に、お礼を言いながらお酒を注いで回っていた。

多分、私の名前を覚えてくれているとは思えないが、

「ありがとねぇ。来年もよろしくお願いします。」と差し出したコップにビールを注いでくれた。

ホント、気さくな島のウバァだ。

二次会に流れることも無く、健全に「忘年会」は終了した。

磯者

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ジョイ・・・女医

11月28日

血圧の薬がなくなったので 医院長が先日亡くなった病院に電話をしてみた

「はい、 〇〇内科です。」 

診療している。

すぐにその病院に向かった

院内は、いつもの1/4程度の客、もとい、患者の数しかいない。

亡くなった院長しか扱えない医療機器が使用できないので レントゲン撮影が必要となる

患者は他の病院にかわったようだ。

いつもなら、ご老人がわんさか待合室にいて、2時間待ちなんて当たり前だったのだが、

拍子抜けするほど空いている。

以前、ミクシィ仲間のうおすけさんが、素晴らしさのあまりに何度も観たという、アニメ「パプリカ」の原作をもちこんで、暇つぶしに備えたのだが、30ページほどしか読めなかった。

名前を呼ばれたので、診察室に行くと、中には白衣を着た若い女医さんが待っていた。

しかも美人ときている。

亡くなった院長の娘さんなのだろうか?  聞くことはしなかったが、多分そうなんだろう。

血液検査の結果の書かれた書類を手にしながら

やはり、「肉類を食べるのは控えてください。」といわれた。

「あのー、先生。 私は一切肉は食べないんですけど。」

「ウーン。 そうだとすると、多分、体質ですね。中性脂肪のたまりやすい。」

生活習慣や食事の事を、根掘り葉掘り聞かれたが、その女医さんは原因を見つけられずに「体質」と結論付けた。

「とにかく、食事では原因が見あたらないので、運動してください。」

「血圧もあまり下がっていないようなので、薬を2倍にしましょう。」

来年1月中にもう一度血液検査を受けにくるように指示を受けて、診察室を出た。

以前だったら文庫本の一冊は、ゆうに読めたのに。

建築の本かあるいは HOW TOものしか読んでこなかった私が20年ぶりに筒井康隆の本を手にした。

彼の大ファンだった事を思い出した。

磯者

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同窓会

11月24日

今日は高校の同窓会

場所は熱海のホテル

高校を卒業してはや30年

島からも10数名が駆けつけて 総勢54名

会の開始前にみんなで記念写真を撮った

横4列に並んだ

私は、一番後方の列

後ろから見ていると 後頭部が薄くなっている者も多い

月日が流れたのを実感した

撮影後 高校時代の写真をスライドで見ながら食事をとった

スクリーンに映っている若者が 30年も経つとこんなになるのかと

感慨にふける

クラスごとに壇上に立ち、近況報告

相変わらず苗字が昔のままの女子

いつの間にか昔の苗字に戻った者

男も何人か独身に戻った者もいた

亡くなったものも何人かいる

還暦を迎える10年後

島で同窓会をする約束をして閉会した

これからの10年 あっという間なんだろうなあ

磯者

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えっ? そんなぁ・・・

昨日、自宅に戻ると 一通の封書が届いていた。

差出人は、私がお世話になっている内科医院からだった。

先日、血圧が高いので、投薬治療を受けようと検査をしたばかり。

血液検査をしたまま、結果を聞かずにいたので、なかなか病院に来ない患者に痺れを切らした医師が、検査報告を送りつけてきたのだと思っていた。

開封して驚いた。

ほんの二週間ほど前に、もっと体重を減らすようにとアドバイスしていただいた医院の院長が急逝したとの内容だった。

死因は「心筋梗塞」だという。

「血圧がこれ以上高くなると、脳梗塞や心筋梗塞になる恐れがあるので、もっと自分の体の事をよく考えなさい。」と言っていたのに、事もあろうか、ご自分が先に亡くなるなんて。

まだ、50代後半と思われる先生で、健康そのものだと思っていたのに・・・・・・。

当分の間、休院するとの遺族からの報告。

人の運命なんて、一寸先は解らないものだと考えさせられる出来事だった。

高圧剤があと10日分ほど残っている私は薬が無くなったらどうすればいいんだろう。

磯者。

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断念

本日より 高血圧を下げる為の薬を服用し始めた。

この手の薬を、飲み始めたが最後 一生飲み続けなければなら無いと聞く。

何とか、最大72kgまで増えた体重を66kgまで減らすことが出来た。

が、血圧が正常値までには下がらず 抵抗もここまでか と断念した。

かみさんから、「ひと財産でも築いていれば、いつぽっくり逝っても構わないけどね。」

「最悪なのは、脳梗塞で動けなくなりでもしたらそれこそ、家族は地獄だからね。」

と、ありがたーいお言葉をいただいた。

朝、一錠だけの服用だけで良いようなんだが、体がふらふらする。

どうやら副作用でめまいもおこると説明書きに記されている。

あーーあ 、病院とはお友達になりたくなかったんだけどなあ。

磯者

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今日はいろいろ

10月22日

今日は、秋元さんの「ひとり語り」が有る日。

http://www7.ocn.ne.jp/~mitomoto/whatsnew.htm

新宿での打ち合わせが思ったより早く終了した。

このイベントまでには時間がかなりある。

そうだ、「整音スタジオ」に行こう。

ここの改修工事をやってから1年以上も顔を出していない。

手ぶらで行くのもなんだし、整音スタジオの近くにある高島屋の地下にもぐりこんだ。

手土産になるお菓子でもと、店内を見渡すが、いやはや、どれも美味しそうで目移りしてしまう。

小さな一口大のケーキが20個詰まった箱を頼んだ。

しかし、私にはなんてデパートが似合わないんだろう。

所詮貧乏人、まっ、しょうがねぇか。

お菓子の入った袋をぶら下げて、「整音スタジオ」の硝子の扉を開けた。

ここも地下にある。

階段を下りていくとホワイトボードが目に入った。

Dsc02299 ぎっしりとスケジュールで埋まっている。

なんとうれしいことか、お施主さんが繁盛していることは、この上ない喜び。

さすがアニメの吹き替えの録音をしているスタジオらしく、壁にはポスターが貼られている。

Dsc02298

整音スタジオのみなさんに快く迎えてもらった。

うれしいなあ。

不具合はないですか? と聞くと、何の問題も無いとのこと、ますますうれしい。

今日は、吹き替えの仕事は無いらしく、録音スタジオの中に入った。

Dsc02300

懐かしい。

すると後ろから、そまさんも入ってきた。

彼女は映画祭でお世話になっている女性。

「時々、床鳴りがするんですよ」

と、床を足で踏みつけている。

確かに「ぎゅー」と音がする。

これはまずい。近々、メンテナンスに来る事を約束した。

楽しい時間はあっという間に過ぎる。

そろそろ、秋元さんの会場に行かなくては。

会場は、都立大学駅で下りて、5分ぐらい歩いたところの「めぐろパーシモン」

初めて行くところだ。

当たりはすっかり暗くなっていた。

ゆるやかなのぼり坂を歩いていくと、暗闇に硝子張りの建物が浮かんでいる。

どうやらここが会場のようだ。

すごく建築的にも参考になる。

入り口に入ると ここも地下に下りたところが会場だ。

今日はなんて、地下に縁があるんだろう。

まだ開演には時間があるが、すでにホワイエには結構な人の数。

今日は、「ひとり語り」には行けないと秋元さんには伝えてあった。

しかし、もし行けることもあるかと、今日が息子の誕生日なのだが一日早めて昨日、お祝いした。正解だったようだ。

秋元さんとは しんゆり映画祭で、バリアフリーの映画の声優として共演したのがきっかけで、知りあった。

ニューシネマパラダイスのアルフレードの声を私が、そして秋元さんはトトのお母さん役。

さすが、彼女は本物の役者、素人の私とはおこがましくて比べることなど出来ないほど上手い。当たり前といえば、当たり前なのだが。

そんなこんなで、今回の「ひとり語り」は「アトリエTIDA」もパンフやポスターを作るお手伝いをさせていただいた。とは言っても、実際にはテッちゃんが殆ど作ったんだけどね。

心配していたが、殆どの座席が埋まっている。

やったね秋元さん。

徹夜続きのテッちゃんの苦労が報われた。

「ひとり語り」が始まった。

心地いいハープの音色が効果的に使われ、秋元さんの語りが、段々と不思議な世界に観客を引きずりこんでいく。

200人近い人々が本当にいるんだろうかと、会場はしーんと静まり返えっている。

秋元さんが語る「安房直子」の世界が、彼女の体の周りから少しづつ放出され、やがて会場全体を覆いつくした。

本当に来ることができてよかった。

磯者

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更に強くなる

何の話って?

そりゃあ勿論、昨日のボクシングの話。

チャンピオンを応援していたのでうれしい結果に終わってホッとしている。

しかし、亀田選手も好きなんだなぁ。

亀田三兄弟は本当は心根の優しい若者なんだ。

ただああいう風に、悪ぶる演出をさせられているだけなんだ。

今回、負けたことで 彼は更に強くなるよ。

試合後のチャンピオンのインタビューが面白かった。

記者から    「切腹、切腹について・・・・」
チャンピオン  「何とも思っていない、どうせ(腹を)切れないのは初めから分っていたから。」

磯者

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おっぱいの大きいオネエちゃ・・・

10月4日

テッチャンが管理している池袋の現場に行った。

午後から 彼が係わった映画の0号試写に行くということで ( 0号試写とは テッチャンから説明してもらいましょう    あいつ このブログ見てるのかなぁ?)

午後からは私とバトンタッチという事で 11時に現場入り。

現場はビルの9階。

軽く打ち合わせを済ませて、床にアルミの見切り材を取り付けたりなんだりしていたら もうお昼。

昼飯を食おうと エレベーターに乗った。

一階に着き ドアが開いた。

降りようとすると目の前に 私の倍以上はあるかと思われるおねぇちゃんが 突っ立っている。

当然、中にいた私が先に下りるのが当たり前なのだが、こともあろうか彼女が私を無視して狭いエレベーターに入り込んできた。

「おっ 降ります。」

体を横にしてドアの隙間から出ようとしたが、彼女の巨大な胸が、いち早く外に出ていた私の左手のひじに引っかかりなかなか出ることが出来ない。

彼女の大きなおっぱいは、私のひじをひっかけたまま、私をエレベーターの中に押し戻してしまった。

無情にも ドアは静に閉まり、また、昇り始めた。

彼女は 私を睨みつけている。

睨み付けたいのはこっちだ。

多分、ここで騒いだら、痴漢呼ばわりされるんだろうなきっと。

シュン となって うつむいたまま 8階までご同行。

降り際に私を再度にらみつけ、「フンッ」荒い息を鼻から吐き出しながらお降りになられた。

普通、中にいた人が降りてからエレベーターに乗り込まないか?

彼女の胸の感触が左のひじから消えるのに結構な時間がかかった。

磯者

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沖縄

先日 娘から携帯にメールが入った。

ざっと県民の10人に1人は足を運んだ一大集会でした。ニュースチェックしてね~。

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何のことかわからないまま 自宅に戻りニュースをチェックした。

が、わからずじまい。

一夜明けて 新聞を見て何のことか やっと理解できた。

沖縄戦で日本軍が住民に「集団自決」を強制したとの記述が教科書検定で削除された問題に対し、 県民の抗議の決起集会に参加した時の写真を送ってきたのである。

沖縄の人口の10分の1の人々とは すごい数だ。

こんな大事な問題を、テレビやラジオでもっともっと報道してもおかしくないのだが、ニュースも私が知る限りでは大きく取り上げていない。

朝日新聞は一面トップで 写真つきで載せていた。

そう遠くない昔の出来事を、意図的に削除しようとしている国の考えには どうしても首をかしげてしまう。

事実は、事実として捉え、悲惨な出来事が二度と起こらないように、伝えていくことこそが平和な日本を築く事になると思うんだが。

学校教育で教えないということは、歴史的な事実さえも無かった事にしようとしているとしか考えられない。

こんなことじゃ、軍国主義に走り始めているのではないかと勘ぐられても仕方がない。

本当にこんな事で「美しい日本」が出来るのだろうか。

美しい日本を作ろうと、もくろんだ だれかさんは、美しくない退陣をしてしまった。

卑屈になる必要は無いが、過去の、自国が他国に行った過ちを、幼い頃から教えている、ドイツという国を少しは見習った方が良さそうだ。

磯者

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石鹸その後のその後

8月15日

石鹸はどうなったのか?

そーと まとっていた毛布をはいでみた。

「おお ! 固まっている。」

失敗じゃなかったんだ

時間が かかっただけだったんだ。

これが その 石鹸

Dsc01951













アイスの小豆バーのような色をしている 

まるで きんつば だ。

想像していた石鹸より 色が悪い

これは「にがり」のせいなのだろうか

右側の茶色になっている部分が 

苛性ソーダー(水酸化ナトリウム)と完全に化学反応を起こせなかったようだ。

本来なら ここで 2.5cmぐらいの幅に切分けるところなのだが

柔らかすぎて 出来そうも無い。

もう少し このまま 放っておくことにした。

磯者

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石鹸その後

8月14日

昨日の石鹸がどうなったのか 

わくわくしながら事務所にいった。

毛布に包まれた牛乳パックを触ってみる

ぷにょ ぷにょ

「失敗だ。」

全然固まっていない。

いやいや、このまましばらく様子を見ることにしよう。

磯者

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石鹸

8月13日

今日は、まとまった時間が取れたときに作ろうと思っていた石鹸づくりに挑戦した。

製作過程を写真に撮ってアップしたかったが、

なにせ、初めてなのでそんな余裕は全く無い。

材料と道具はかねてより準備しておいたので 今日はひたすら製作するのみ。

どうせ作るならと 奄美に関係する材料を選んだ。

しかし、さすがにオイルは奄美のものは手に入らず

オリーブオイル、シードオイル(ぶどうの種のオイル)を基調のオイルとする。

それに、奄美らしさといえば 黒砂糖、この粉と 塩を作るときに副産物としてできる

「にがり」を入れることにした。

にがりは、ミネラルが豊富なので 苛性ソーダーとの相性が心配だ。

ここは、勘を頼りに入れてみた。

苛性ソーダーに精清水を混ぜる。

手で持っていられないほど発熱した。

それを先ほどのオイルと混ぜる。 ひたすら混ぜる。

透明なオイルが段々濁り始め、粘度を帯びてきた。

ここで、黒糖の粉と「にがり」を入れて 更に混ぜる。

後は、これを空になった牛乳パックに流し込み 24時間毛布などで、保温する。

ここまでの作業をやり終え 本日終了。

明日が楽しみだ。

磯者

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御中元2 と お知らせ

プログを見ていただいてるみなさん今日は。

当事務所より 御中元です。

Dsc01702











先日、奄美より「島バナナ」が送られてきました。

思ったより熟れていて 今日、明日が 賞味期限になりそうです。

当事務所からのささやかな 御中元をお受け取りください。

このバナナの特徴は 酸味が強くそれにもまして、甘みも負けていません。

絶妙の味のバランスです。

事務所に来られた方から 早いもの勝ちでお分けいたします。

是非、お寄り下さい。

――――――――お知らせ-------------------

かねてから工事を進めていた 「武田邸」が完成いたします。

7月14・15・16 の 三日間 見学会を開催します。

皆さん是非いらしてください。

お待ちしています。

磯者

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御中元

気がついたらもう7月。

この2週間というものいろんな事があった。

ちょっと話すと、ほぼ完成している武田邸が、引き渡せない状況の一歩手前まできてしまい、その心労はいくばくか。

すっかり傷心してしまって、ブログを更新する気にもならず2週間もサボってしまった。

今日は今日で、体温が38度まで上昇していて なんだか、足が地面についていない気がする。

6月30日

息子夫婦からと道々さんから偶然にも、同じ美術館のチケットを頂いた。

早速かみさんと、上野の美術館へ。

以前ブログでも紹介した イワン アイヴァゾフスキー の 絵を見れるということで、ウキウキ気分でウォッチング。 

やはり、本物の持つ力は凄い。

残念ながら 今回は「第九の波濤」は来日しなかったが、彼の絵にずーと引き込まれていた。

館内のショップで いつもならお気に入りの絵の葉書を買うのだが、今回ばかりはそんな気分になれず、結局一枚も買わなかった。

あまりにも本物と葉書が違いすぎる 波の色が全く出ていない。

やはり、本物を見なくては。

しかし、素敵なプレゼントを頂き、感謝いたします。

磯者

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ダイヤモンドムーン

仕事の打ち合わせで赤坂へ

時間は午後6時から

4年前にロック歌手の 矢〇栄吉のスタジオの解体工事を担当したことがあった。

打ち合わせの場所に近かったので ちょっと寄ってみた

Dsc01523

いつ見ても 構造的に 緊張感のある建物だ。







私は 解体と 杭の打設工事 及び 近隣対策要員として 4ヶ月程ここに通った。

以前は地上4階建ての建物が建っていた。

解体の時に頂いてきたものがいくつかある

自宅で使っている 電子レンジ

そして、「ダイヤモンド ムーン」という 会員制の 倶楽部の照明器具 2個

これは、船舶用の物で、真ちゅうで 出来ている

普通に買っても 20万~30万円ほどはするであろう。

オークションにかけたらもしかすると100万円ぐらいで売れたかも知れない代物だ。

やがて完成するの武田邸の施主にプレゼントする約束をした。

現在その倶楽部がこの建物の中にあるのかどうかは不明だが
建物の塀に 青いモニュメントがあった。

Dsc01524

いつか建物の中に入って見たい。

磯者

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同窓会

6月2日

今日は、高校の同窓会

19時に新宿にある居酒屋に集合

18時24分の電車に乗った

余裕で着くかと思いきや

10分遅れての会場入り

遅れて申し訳ないと思ったが、まだ半分も来ていない

さすが、奄美出身者たちだ

「大島時間」健在

一年ぶりに合う同窓生

年々髪の毛が薄くなるもの

高校時代の面影が全く無くなった メタボリックな体型

話題になるのは、子供のことや、親が亡くなったと言う話

幸いにも、どこが痛いとか、病院は何処がいいとか 自身の体調に関する話題は
あまり登場しなかった。

今年は、高校を卒業して30年目に当たる。

熱海で、全国同窓会を開く予定だそうだ。

果たして島から何名来れるのか?

出がけにかみさんから「朝帰りにならないように」とたしなめられたが

ゴメン、また今年も始発でご帰宅と相成ってしまった。

前日も、仕事の打ち合わせのあと 親睦を兼ねて飲み会となり 終電での帰還。
二日続けての深酒。

不思議と体は悲鳴を上げない

しかし、日曜日は仕事もそこそこに、早々と寝た。

おかげで、今朝は朝から体調がすこぶるいい。

磯者

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都会の真ん中に廃墟

6月2日

ある仕事のプロジェクトに関わる事になり、面接を受けに 川崎駅へ降り立った。

地図を片手に目的の建物へ向かっていると

赤茶けた色の建物が目に飛び込んできた。

Dsc01504









なんでこんなになるまで ビルのオーナーは ほっといていたんだろう。

しかし、設計者も こんなすぐ錆びてしまう材料を選んでしまったのか?

近くに寄ってみた。

Dsc01501










なんと、このビルは廃墟どころか なんだかにぎわっているぞ。

Dsc01502



中華料理のお店らしい 看板なども見える

この配管は何の為に?

Dsc01503









「攻殻機動隊」の映画や、ギーガがデザインを手がけた「エイリアン」を思わせるような

趣を感じさせている。

何と、この建物は古いんではなく 錆びてるように見せかけた塗装を施していたのだ。

新しい無機質な現代的なデザインのビルに取り囲まれて建っているこのビルは

古さを醸し出すことによって、逆に目立っている。

設計者がいくら このようなデザインを絵に描いて見ても、結局は 塗装をする職人さんの

腕にかかっている。

この塗装職人は相当な腕を持っているとみた。

面接の方は和やかな雰囲気の内に終了し、プロジェクトに加わることとなった。

磯者

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ヤフーリマインダー

携帯にヤフーからメールが入ってきた。

明日、高〇ちゃんの命日だと教えてくれている。

彼女が飛び下り、命を落としてもう一年が経つ。

明日は、早めに仕事を切り上げ、生前の彼女の姿を思い起こし、

冥福を祈ることにしよう。

そして、彼女への悪口を、天に向かってつぶやきたいと思う。

磯者

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海辺の恋

コンビニで「黄色い涙」という映画のポスターが貼ってあった。

ポスターを眺めながら頭の中で  

「こーぼれ松葉をかき集めー乙女のごとき 君ーなりきー・・・・」

と 小椋圭の歌声が流れてきた

高校生の頃 で同名のドラマをNHKでやっていた事を思い出した。

たしか、出演していた俳優は 森本レオ・下条アトムに岸辺シロー うーーん他の人が思い出せない。

(しかし この三人、名前はカタカナだということに気がついた)

これは私の好きな漫画家 「永島慎二」 の「若者たち」に収められていた話だったと思う。

そして、ドラマの主題歌が 「佐藤春夫」の歌詞に「小椋圭」が曲をつけた「海辺の恋」だった。

いつも腹をすかして夢だけ食って生きているような若者たちの友情と挫折を描いていた。

おっさんになってしまった今、 映画の「黄色い涙」は 16歳の時に見たドラマの感覚を呼び起こしてくれるのだろうか。

ちょっと観てみたいきもする。

磯者

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入学式

息子の入学式に参加した。

体育館の舞台の袖の壁に貼り付けられている校歌の歌詞をよく見ると

作詞 谷川俊太郎 と あった。

さすが 奄美とは違う。

曲調も私が通った高校などの、行進が出来そうなものではなく、

ゆるやかな 調べだった。

しかし、なんだろうねぇ 学校の校歌って どこの学校も同じような内容の歌詞で曲なんだろうか。

たとえば 「たま」の 「さよなら人類」を校歌にしたりしたらいいんでないかい。

卒業式

最後に校歌斉唱

「今日人類が始めて~木星に着いたよー」 

そこで 在校生が一斉に 「着いたよー」 「着いたよー」 と合唱する。

どぉ?

磯者

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立派なセクハラおやじ

昨日 息子が所属していた少年野球チームのOB会が催された。

全く野球の事を知らない私が、ピッチャーをすることに・・・・。

結果は1点差で勝っていた試合だったのだが、バカスカと打たれ

結局2対1で負けてしまった。 つまり敗戦投手。

あまりにも悔しいので、入部したい旨を監督に告げた。

すると、Bチーム(小学4年生以下が中心)の部員の言う事をよく聞き、卒業した暁には立派なセクハラおやじになるよう 立派なセクハラおやじの松〇監督に激励の言葉を受け

入部を許可された。

来週から私は、チームメイト※小学4年生以下 と一緒に 立派なセクハラおやじになるために野球の指導を受けることになった。

なんのこっちゃ?

磯者

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西伊豆へドライブその三

さあ次は 朝霧高原にある滝だあーー。

中伊豆を抜けて一路 朝霧高原へ

ちょっと走っては200円の通行料を何回払っただろうか。

ただにしてくれよ と ぶつぶつ言いながらも混雑する市内を抜け、やっと富士山のふもとにかかった。

段々高度が上がってくるのに比例して気温も下がり始めてきた。

時折、右手に富士山が雲の合間に顔を覗かしている。

でかいなあ。やっぱり富士は日本一の山だ。

この交差点を左折すると目的地の白糸の滝

なにやら前方で手招きしている人がいる

駐車場に誘導しているようだ

時間は忘れたが、500円と看板に書かれていた。

ふと右側を見ると、「ここでお買い物・レストランをご利用された方駐車場無料」という看板が目に付いた。

100円のものを買っても駐車料金無料ならここにすべぇと、車をユーターンさせたら

交差点のわきにあった、コンビニが目に付いた。

ここで買い物すれば 駐車料金はただじゃん、という事でここに決定。

しかし、どこの看板にも 「ここが滝への近道」と書いてある

一体、どれが本物なのか混乱する。

トイレをコンビニですませ、人ごみが流れている方へ行ってみた。

どうも、ここが一番近いらいしい。

Dsc00905_2 これが「音無の滝」だったかな

ごうごうと音を立てて滝が流れている。

滝を見るための通路には、いろんなお店が軒を並べていたが、結構な数のお店が閉店していたのは気にかかった。

こんな観光地でも、商売は成り立たないということか。

坂道を降りていくと ぽっかりと空いた空間を取り囲むように水が流れている場所に出た。

Dsc00907_2

Dsc00908 この時点では桜が咲く気配すらなかった

帰りに 名前を書いたストラップを売っているお店があった。

Dsc00911 どんな名前でもあるということだったのでね自分の名前を探してみようと 覗きこんでいると、

携帯電話をかけながら店のご主人が私に声をかけてきた。

「フワッチュ ユア ネェイムゥ ?」

おいおい、俺は日本人だぞ

仕方が無いので、何を言っているのかわからないというふりをして

両手の手のひらを彼に向けて小首をかしげて見せた。

日本人には見られないらしい

私の名前はなかった が、「たかちゃん」というストラップはあった。

つまりこれで代用できるのでOKらしい

殆ど詐欺じゃねぇか プンプン(佐藤玉緒風に)

車に戻ると富士山が

Dsc00913

結局コンビニの駐車場に停めておけたので料金はただですんだ お礼にガムとコーヒーをかって 次の 目的地に行く

更にどんどん山の上に向かって行く

ナビであらかじめ調べておいたマス釣り場へ着いたのだが、何と ここは 養殖試験場だった。 今日は 祭日 当然あいているわけが無い。

仕方が無いので、他のマス釣り場を捜すことに

時間は4時までと書かれていたので時間が無い。

来た道を戻ると2分もしないうちに別のマス釣り場が見つかった。

お客は小さな子連れの夫婦3人だけ

若い人たちが火のついた炭囲んで数人でおしゃべりをしていた

おそるおそる、彼女たちに、「釣りできますか?」と尋ねてみた。

一通り、釣り場の説明を受けていざ出陣

Dsc00915 二人で一本の釣竿を借りてつり始めた

すぐに かみさんが今回一番の大物を釣り上げた。

その後は私にバトンタッチ

30分ほどで、13匹も釣り上げていた。

Dsc00916 釣り上げた魚を2匹だけ塩焼きで食べた。

後は、はらわたを取ってもらい大量の氷と一緒にビニール袋に入れてもらった。

すごく、感じのいい人たちだった。

殆どが、地元の高校生との事

「いいところにすんでいますねぇ」というと

「寒いですよぉ」といっせいに答えが帰って来た。

化粧はすごく派手で、渋谷でたむろするねえちゃんたちとあまり変わらなかったけど和めたなあ。

今度は、子供たちをつれて来よう。

「またいつか来ます」とお礼を行って、マス釣り場を後にした。

さあ 次は帰るだけだ。

ドライブなので景色のいい河口湖経由で帰ることに

Dsc00918 Dsc00921

途中 雲がきれて、きれいに富士山が顔を出したので

車を停めて パチリ。

ナビで現在位置を確認すると 旧 上九一色村

あのオーム事件で有名になった村だ。

しばし、車の中で富士山を見ながら事件の事を思い起こしていた。

こんな美しい景色を毎日見ながら、恐ろしい事件を計画していたかと思うとぞっとした。

天気はますます良くなり 空気の透明さが、外気の気温が相当下がっているのを教えている。

もう少し早い時間にここに来れていたなら もっといろんなところに行ってみたかったと、反省しながら今回のドライブは終了した。

磯者

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西伊豆へドライブその二

一夜明けて

Dsc00843 ここが一晩お世話になった宿 

と言いたいところだが、実は真向かいのホテル

Dsc00844 本当はここが泊まった民宿

Dsc00841 素泊まり2100円なのだが1000円プラスして朝食つきにしてもらった。

昨日の夕ご飯とあわせて 二人で10700円 安くて豪華な宿泊となった。


Dsc00842 宿の玄関の下足入れの上に置かれていた「ゴジラ」にあいさつして宿を出た。

ガイドブックには 8時半から遊覧船を出しているというのでまずは堂ヶ島に向けて出発。

Dsc00847 普段なら,船で洞窟の中に入るそうなのだが、去年落石があり、現在は洞窟の内部には入らないという。

一昨年の黒部ダムに行ったときも、前日の大雨でトロッコ電車が運行を中止していて乗れなかったが、我々夫婦の旅は必ず何らかのアクシデントに遭遇するようだ。

Dsc00852 白い岩肌はセメントを吹き付けたものだとばかり思っていたのだが、自然の物だと船内のアナウンスの説明があった。

Dsc00865

船は岩にものすごく接近する、簡単そうだが、船の操縦に長けていないとなかなかできるものではない。

この辺の海に初心者の方は船を操縦してくるのはお勧めできない、特に夜は。

ここの海はとてもきれいだし、臭くない。

九十九里の海に泳ぎに行ったとき、海の臭さに閉口した事を思い出した。

Dsc00867jpg 20分程の遊覧も終わり下船した 近くにクルーザーが停まっていた

こんな船をもてるようになりたいものだ。

Dsc00846 チケットにはコーヒー無料サービスとあったので、コーヒーを飲みにお土産や入った。

「加山雄三」ミュージアムとレストランがある建物に入ったが、ミュージアムはパス。

かみさんは会社の同僚におみやげを買うために物色中 結局買ったものは「伊豆へ行ってきました」というネーミングのお菓子。

こんなわかりやすいお土産はないなあ。

夫婦で旅をするときはその土地の美術館と建築物を見ることに決めている。

そういうわけで、次は「ガラスミュージアム」へ

Dsc00876 Dsc00869

ガラス加工所を見学した後 ミュージアムへと入った。

そこは、撮影禁止なので勿論写真はないが、「万華鏡」のあるコーナーは写真撮影OKだったので何枚か写真を撮った。

万華鏡は本当にきれいだ。 しばし時間を忘れる。

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Dsc00888 スマートになったかみさんをパチリ。

建築の参考にと建物の写真も

Dsc00889 Dsc00895 Dsc00896









Dsc00870 Dsc00871

万華鏡の動画を載せようと思ったのだが、残念なことにココログでは対応していない。

次は途中の案内板で見た トイレの神様を祀っているという「明徳寺」へ

トイレの神様と聞いては行かないわけにはいかない。

そこは中伊豆に位置していてここから結構な距離がある 急ごう。

Dsc00899_1 参道の入り口の駐車場に車を停めた。

お店の間を通って いざ「明徳寺」

Dsc00902 Dsc00900

トイレの神様というふれこみだったので期待していたのだが、老人たちが年をとっても下の世話をかけないで済むようにと願をかける場所のようだ。

境内の一角になにやら祭ってある場所があり行ってみると

おさすりさまと呼ばれる あんなものや こんなものが あった。

Dsc00901jpg

私の倍ほどはあろうか 

Dsc00903 売店には祈祷済みの下着が販売されていた。

年をとっても下の面倒をかけませんようにと、トランクスを買おうとしたら かみさんに却下されてしまった。

さあ、お賽銭もあげてお参りも済んだことだし、これで元気な老人になれるぞ。

つづく

磯者

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西伊豆へドライブその一

3月20日

今日は西伊豆へドライブ。

かみさんの誕生日のお祝いと、自営業の悩みの種の申告業務が終了した事への慰労を兼ねて西伊豆へドライブへと相成った。

御多分にもれず、西伊豆に行くと決めただけで他にはなーーーんも決めていない。

午前中、リフォーム工事の現場へ行き、午後から出発。

東名川崎のインターから高速にのっかった。

途中海老名のパーキングで昼食。

売店で「るるぶ」の静岡県のガイドを買う。

「夫婦でしっとり黄金崎の夕日」とあったのでとりあえずそこに向かう。

Dsc00813 タンクローリーに近づき、愛車をパチリ







沼津のインターで降りると 面白いサボテンが目についた。

Dsc00814 せまりくるサボテンの棘に叫び声をあげる女性






ナビがあるにも係わらず、地図が古くて時々道の無いところを車は走る。

ここまで書いたところで携帯に電話が入ったので出たら、
「もしもし、おとうさん、おとうさん」

受話器の向こうから聞えてくるのは明らかに2・3歳と思われる幼い女の子の声。

あれっ!  私に、こんな小さな女の子供がいたっけ ?

「もしもし、お父さんじゃありませんよ。」と優しく答えた。

「ガチャッ!」 いきなり電話は切れた。

そうそう、車を道路に戻そう。

迷いながらも、目的地の近くについた。

ガイドブックには、近くのガラスミュージアムの駐車場に車を停めて徒歩15分とある。

しかし、道路を見る限りでは黄金崎までいけそうな気がする。

えーーい行っちゃえ!

やっぱり行くことが出来た。 うそつき るるぶめ。

20台程の駐車場があった。

  Dsc00816

三島由紀夫の脾

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風の音に混じって時折波の音が聞える。

遊歩道を渡り、展望台へと行く。

Dsc00820 富士山の見える方向を見たがかすんでいて、見えなかった






Dsc00818 Dsc00819







Dsc00824 Dsc00827
Dsc00832 Dsc00831








沈み行く太陽の方向に奄美があり、更にその向こうに娘が住んでいる沖縄があるんだなあ。

気温も大分下がり、6度以下になっている。

暗くなったので、今夜の宿を探さなくては。

土肥にある宿に決めたのだが、その前に腹ごしらえ 腹ごしらえ と、

真っ暗になった土肥の町を夕飯を求めて捜しまわる。

結局、宿と決めたそばのホテルへ行くことにする。

Dsc00840

ここがそのお店 中は結構高級な造りになっていた






Dsc00837 Dsc00838
さすが、港町 こんだけ食べて二人でしめて4500円

すごく得した気分。 

隣のテーブルには刺身定食 大きな船盛り これは一人前2000円 この店は 超おすすめ。


宿に戻る途中、酒屋へ寄り、今夜のお酒を仕入れた。

ガイドブックにはお風呂貸切可とあったがなんてことは無い、内側から鍵をかけることが出来るだけのことだった。

しかしながら、源泉かけ流しだけあってとても気持ちよかった。

早々と今夜は寝ることにした。

おやすみなさい。

しかし、奄美旅行のレポート 一体いつになったら終わるんだろうか ?

不安になりつつ、就寝。

磯者

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鳩よおまえもか

ちょっと前から当事務所に住着いていた、鳩の姿が昨日から全く見えない。

二日間事務所を留守にしていた間に 親鳩はどこかに行ってしまったらしい。

カラスに見つかってしまったのか。

だけど卵はちゃんと二個ある。 んっ? 一個しかない。

どうしたんだろう?

卵が残っているということは、カラスに襲われたわけではなさそうだ。

本当に不思議だ。

3日前、 刺激しないように 窓の外からそーと 覗いたときは 確かに卵を抱いているのを確認していたのに・・・・・・。

おまえも、人間の真似をして子育てを放棄したのか。

どんな事情があるのか、うかがい知る事は出来ないが、我が子を捨てるなんてよっぽどのことがあったに違いない。

明日まで待ってみることにしよう。

磯者

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3月19日

ちょっと前から事務所で鳩が抱卵し始めた。

3週間前ぐらいから、鳩のつがいがしきりに、バルコニーに置かれているエアコンの室外機の上にやってきていた。

しばらく様子を見ていると どうやら巣作りをしているらしい。

どちらがメスでオスなのかはわからないが、くちばしに小枝をくわえてはやってくる。

巣を作るのは構わないのだが、ガラスを隔てた建物の内側には人がいる。

やがて、エアコンをつける日がやってくる。

そのとき、驚いて子育てを放棄してはかなわないと、申し訳ないと思いながら2度ほど集めてきた小枝を捨てたことがあった。

先週2日ほど事務所に行かなかった日が有り、その隙を見計らって巣を完成させていた。

Dsc00810  窓からそーと写真を撮った。

Dsc00812 親のいない隙に巣を見ると2個の卵があるではないか






Dsc00811 なんとなく誰かに見つめられている気配がしたので、あたりを見渡すと 親と思われる鳩がこちらをにらんでいた。


私の事務所は決して、山奥にあるわけではなく、どちらかと言えば都会の真ん中に位置している。

大和民族体型保存の会の会員の私の足をもってしても、駅から事務所まで2分とかからない。

この鳩は私の事を人間と思っていないのか はたまた、心優しい人間という事を見抜いているのか 定かではないが、こうなったら 新しい命が誕生して巣立つまで、どんなに暑くなってもエアコンを使うわけには行かない。

鳩の種類は、泣き声と、容姿の美しいところをみると、土鳩ではなくキジバトだと思われる。

鳩さんよ あんたたちの邪魔はしないから、立派な子供たちを育ててくれよ。

そのかわり、無事に巣立ったらちゃんとフンの後始末をして、バケツ貸すから、バルコニーをきれいにしていってくれよ。

だって、「発つ鳥後を濁さず」っていうじゃあ あーーりませんか。

磯者

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春がいっぱい

3月18日

この日も、朝から昨日に続きY邸へ行き 塗装工事の続きをした。

午後からは、地元の映画祭の事務所へ行き、掃除。

Dsc00805 山のようなゴミ






倉庫を持っていない私は、ここに、映画祭で使うからと言う理由で、何年も私物の道具を置かさせてもらっていた。

さあ、ここの小屋も近々取り壊すことになる。

私の道具をどこに持っていこうか。

作業も一通り終了して一服していると。

映画祭の目玉の「ジュニアワークショップ」の第一期生のみとちゃんが晴れて大学に合格したということで、お祝いをすることに。

Dsc00807 Dsc00809_1

中学生で参加した子供たちがそれぞれ大学や、社会に羽ばたいていく。

なんともめでたい。

映画祭事務所は、この後、「日本酒同好会」の集まりがあるらしく、我々は場所を私の事務所に変えて、お祝い続行。

ここでも映画祭のボランティアメンバーの近況などの報告があり大いに盛り上がる。

楽しい宴は時間が経つのが速い。

やがて日付が変わろうとしている。

名残惜しいが、後片付けをして解散。

車の運転をアルコールがだめな局長に託し、主賓のみとちゃんを送り届けた。

自宅まで行き呼び鈴を鳴らすが、反応が無い。

しばらく、ドアをたたき続けて、やっと中からお母さんと弟が現れる。

「こんな子いらないので、磯者さん もって帰って !」

怒りモードの母上と弟ぎみに平に謝りながら、何とか許してもらい開放される。

この事をかみさんに話したら、

「いい年した大人なんだから、年長者のあなたが配慮しないでどうするの !!」と怒られる。

ごもっとも。 弁論の余地はありません。

昔から、人を送り届けて怒られること数知れず。

泥酔した友達をほっとけないので、タクシーに乗せて送り届けたらその家族に怒られ、

飲んでいる先輩から迎えに来いといわれれば、車で迎えに行って、やっとこさの思いで、車に放り込み、送っていく最中に、この先輩はこともあろうか、私の車の中をトイレと間違え、ズボンからそれを取り出し放尿する始末、挙句の果てに、先輩の家族から、「磯者、何でこんなになるまで飲ませるんだ!」と怒られる。

さすがにこのときばかりは、ぶち切れましたけど。

数えだしたら枚挙にいとまない。

しかし、この年になっても、怒られるとは とほほ。

磯者

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2月22日

まだ2月も終わっていないというのに、近所の桜の木が花を咲かせ始めました。

このままだと、桜の見ごろは3月の始めになるのでしょうか。

Dsc00558

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てっちゃんランチ

2月1日

こんなメールが はいっていた。

>明日うかがいますが、
>できたらてっちゃんランチが食べたいです。コーヒー込みで600円で。なぜなら我が家もこの値段なので。
>ありあわせでいいので。ホームページで献立みたら、超食べたい。
>明日チキンカツとジャガイモ、白菜、漬物くらい提供できます。
>これ遊び心で定着させると私も知り合いを連れて・・なんちゃって。
>もちろん忙しいならいいですよ。
>我が家とおんなじアイデアで、人が集まる。
>もちろん簡単メニューで。
>おくつろぎ処「マンハッタン」部 部長デニーロ・初栄より<

初栄さんからのメールだった。
しかし、この日は あいにくテッちゃんはいない。
私が おもてなししなくては
と、いうことで 奄美の郷土料理「鶏飯」をご馳走することに。
初栄さんの家をリフォームすることになっていて、それの打ち合わせを兼ねての昼食会となった。
Dsc00287_4


















この写真が鶏飯
翌日奄美に行って本場の鶏飯を食べに行くことになったのですが。
美味しいといっていただき 残りはご主人の夕ご飯になったとか。
ありがとうございます。
ところで、この事務所って たしか、設計事務所だったと思うんだけど。
Dsc00288 事務所を訪問していただきありがとうございました
初栄さんと娘さん





磯者

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すぺしゃるドリンク

これが、TIDAすぺしゃるドリンクです。Dsc00259_1

Dsc00255_2

この三種類の飲み物を

 

てきとー な割合で、Dsc00256

 

てきとーに混ぜて、

Dsc00257

Dsc00260

 てきとーに味わいます。Dsc00258

成分表をみると、低カロリーで、栄養バランスは最高です。

おかげで、身長が3センチほど伸びた気がします。

あくまで気がする・・・だけです。

あー わかりましたとも、 じぇんじぇん伸びていませんとも。

(48歳の親父むくれる)

磯者

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12年前

12年前の今日。

朝6時45分、鶴川の団地の近くの現場で、親父と二人 暖房をつけたトラックの中でラジオを聴いていた。

その当時、私はサイディング職人で食っていた。

その日は、乗り込みの日。

車の中で、材料が現場に到着するのを待っていた。

午前5時30分。家を出た。

途中、阪神で地震がおきた事をラジオで報道し始めた。

しかし、まだたいした情報は入っておらず、現場に近づくにつれて、刻々と予想以上に被害が大きい事を知らせる。

当時、村山政権が発足したばかりで、首相の対応の悪さが後の政権後退の引き金になったと記憶している。

いつもなら、7時30分には、材料が届くはずなのだが、その日はなぜか時間になっても、荷物を積んだトラックがやってこない。

親父と二人は、仕方なくずーとラジオに耳を傾けていた。

詳細が明るみになるにつれて、未曾有な地震の被害だったことがわかり始めた。

神戸には、私の叔父夫婦が住んでいる。 とても心配だ。

幸いにも、後で知ったことだが、無事でいた。

私はこのとき、「こんなところで、仕事をしている場合じゃないぞ」と思い、真面目に親父に「神戸に車をはしらせよう」と親父に言った。

しかし、阪神の道路状況がわからないのに、うかつに、行っても、何もできないぞ。

と、親父にいさめられた。

冷静に考えると 親父の言った事が正しい。

この阪神大震災で、地震国日本の安全神話はもろくも崩れ去った。

このとき私はまだ、建築士の資格を持っていなかったが、絶対に、地震で崩壊する建物は設計しない建築士になるぞと心に誓った。

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久しぶりに

今日は、久しぶりに テッちゃんが事務所にいる。

横浜の現場が順調に進み、今日はやることがないので、事務所で作業とあいなった。

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目が合う

ラジオから 山手線の電車が停まっているとのアナウンスがあった。

人身事故が原因のようだ。

関東は本当に鉄道の人身事故が多い。

人身事故で鉄道のダイヤが乱れない日はないんではないのだろうか。

殆どが、飛び込み自殺だと聞く。

私のいとこが地下鉄の運転士をしている。

彼から聞いた話なのだが、自殺を決意して、飛び込む人は、電車の運転士にはわかるらしい。

飛び込む前にじっと運転士の顔をみる、当然、目と目が合う。

普通の乗客とは違う雰囲気を体から発していて、視線が合った時にはもう手遅れなんだと話してくれた。

いくら、運転士のせいでないとはいえ、当然、精神的ダメージは相当なものだろう。

事故のあったその日は、その運転士を慰めるために同僚が飲みに誘うという。

殆どの場合、メニューは焼肉とか、レバ刺しとか、事故を連想させるものばかり。

これは「精神的に強くなれよ」との励ましの意味が込められた儀式で、幸いなことに、まだそういう目にはあった事はないと言っていた。

この話を聞いたのは、もう5・6年も前の話。

去年、彼と会う機会があった。

彼は最近、同僚に誘われて、焼肉を食べに言った事を白状した。

磯者

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たんぽぽ

昨日 出勤途中で、道の斜面に一輪だけ咲いているたんぽぽを発見しました。

今日はそれを写真に撮ろうと思い、その場所に行ってみたのですが、どこにも見当たりません。

きっと、誰かが抜いてしまったのでしょう。

磯者

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カモメのみなさん

以前撮った写真。Dsc00070 Dsc00071

テッちゃんが管理をしている横浜の現場に行く途中、横浜駅からすぐのところにある河に

カモメが整列していた。

面白い絵だったので、思わずシャッターを切った。

彼たちはシャッター音にも動じず いっせいにこちらを向いた時には 吹き出しそうになった。

磯者

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移り変わる街

1月1日早朝。 まだ家族は誰も起きていない。

去年の正月は、カミサンが体調を崩し、一昨年の12月30日から年が明けた、つまり、去年の1月4日まで入院していた為、我が家は息子と私の二人だけの寂しい正月を過ごしていた。

年越しそばは、カップ麺ですまし、奄美の風習である「三献」(さんごん)も勿論ない。

遅くおきた息子と私。 あらたまって 新年の挨拶を交わしたあと、カミサンが入院している病院に見舞いにいき、帰りに新しく立て直した近所の神社に参拝に詣でた。Pict1503

家族の無病息災と、私の仕事がうまくいきますようにと、神にお願いした。

これはそのときに撮った写真だ。Pict1504 Pict1505

そしてこれが今年撮った写真。Dsc00080 Dsc00082 Dsc00083 Dsc00084

明らかに去年と違い、モーレツな勢いで建物が建ち始めている。

山を切り開いて新しい街が出現しつつある。

去年、神社の入り口にあった、マンションの販売センターは今は跡形もなく、きれいに整地されている。

開発地に建設中のマンションはまだ完成していないにもかかわらず、販売センターを取り壊したということは、全て完売した事を物語っている。

それだけ、この地の人気があるということか。

街の名前も「新百合山手」というらしい。

正直いって、センスがいいと思うネーミングではない。

ここに住む人たちの「勝ち組」という自尊心をくすぐる名前なんだろう、多分。

私がこの街に越してきたときは、ここは緑生い茂る深い山であった。

道路には狸の絵が描かれた「動物に注意」の看板があった。

文字通り、狸やハクビシンが出没していた。

それが今や、昔の姿は留めていない。

彼たちはどこに入ったんだろう・・・。

開発に対して文句を言うつもりはないが、やはり緑がなくなっていくのは寂しい。

ここの出身でない私は、どこか、つとめて他人事だと考えようとしている。

やがて開発工事が完了する。

新百合の街で7000人ほどの夢と生活がスタートする。

磯者

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がんばっているテッちゃん

ただいまの時間20時45分。

ちょっと前にテッちゃんから事務所に電話が入った。

彼が工事管理をしている現場の作業が、本日分は終了したとの報告だった。

あと2週間足らずで現場を完成させなくてはならない。

明日から塗装やさんが入ってくるので、何としても今日中に塗装にかかわる部分だけは、パテ処理を終了しておかなければならない。

責任感のある職人さんに当たると現場はスムーズに運ぶ。

どうやら今回のクロス屋さんはいい職人さんらしい。

お疲れさんテッちゃん。

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初夢ではなくて

初夢は覚えていませんが、今日見た夢は、アニキこと哀川翔と島に帰る夢でした。

それがおかしなことに、羽田から飛行機に乗ろうと機内に入った瞬間、飛行機ではなく船の中にいて、デッキに出ると まぶしい太陽の下、青い青い、海の向こうに、すでに島が見えている。
という、不思議な夢でした。

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遅まきながら 明けましておめでとうございます

皆様、 明けましておめでとうございます。Dsc00087

今日、5日より 仕事始めです。

とはいえ、この休みの間、年賀状製作に悪戦苦闘し、リフォーム工事の図面を描いていたので、実際に休んだと実感があるのは、元旦の一日だけでした。Dsc00091

我が家の正月料理

沖縄から帰省していた娘の提案で、「ダリ展」に行ってきました。Dsc00078

娘のお土産 紅芋タルト  私にはムラサキにしか見えない

元旦なので空いているだろうと鷹をくくってたのですが、あにはからんや、人、人、人のてんこ盛りでした。

長い行列の最後尾に並び、やっと入れても 人の多さで、ゆっくりと作品を鑑賞することは出来ず、失敗したと思ったのが事実です。

しかし、さすが 「ダリ」。 16歳に描かれた父親の肖像などは、まさしく「天才」。Dsc00094 Dsc00092_1

アクリル画かと見まごうばかりの色使い。

とても油彩だとは思えません。 色が濁っていない。

エッシャーと同じように、錯覚を利用した画風なのですが、明らかにエッシャーと違うのは、描かれている絵に、テーマを感じるのです。

何を訴えているのかはわかりませんが、何かを感じるのです。

カミサンはダリの配偶者「ガラ」を描いた鉛筆画にいたく感心していました。

ガラと同じ、姉さん女房のカミサンは、私に、「私はあなたの「女神」なんだからね。」と のたまわれておられました。

「ダリ」が「ガラ」を思う気持ちを私に求めても、それは無理というものです。

その後、両親の自宅に向かいました。

美術館にいる間3度も、携帯に電話が入っていました。

5時に行くことは伝えてあったのに、せっかちな両親です。

両親の待つ東久留米で、娘のだんなと合流。

あいにく、長男夫婦は北海道旅行で参加できませんでしたが、旅先から電話で祖父母に年賀のご挨拶。

にぎやかな、正月となりました。

長男が、職場で卓球部の部長をやっているとの話題になり、弟に、50万円をかけて卓球の勝負を挑んだ話から、なぜかボーリングをしようと話が発展し、私の両親を残して、ボーリングをやりに一同車で移動。

近くにあるはずの「青葉ボウル」がなくなっていて 更地になっていました。

仕方なく「久米川ボーリング」に移動して、いざ勝負。

一ゲーム目はかろうじて私がトップをとったものの、トータルでは、息子に負けてしまい、いつのまにか、背も、ボーリングも私を抜いた息子に本気で悔しい思いをしました。

「賭けなかったから負けたのよ。」と慰めるカミサンに救われたような気がします。

と言う訳で、この一日だけが私の休日となりました。

長男と弟の勝負の結果は 長男の名誉の為に伏せておくことにしましょう。

本日1月5日現在の 

「プロジェクト M」の賛同者 34

「プロジェクト M 」とは ?

http://tida.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/m_5c65.html

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親不幸者

12月23日 大晦日

年賀状用の住所のデーターが、壊れた「VAIO」に格納されたままで吸い出すことができない。

悩んでいても仕方がない。

新しく、ノートパソコンに住所録を作ることにした。

私は、結構ひねくれているのか、年賀状を年内に投函することを良しとしない。

年賀状とは、新年を迎え凛と張り詰めた空気の中真摯な気持ちで、書くものと決めている。

などと、計画的に物事を進めることができない、ずぼらな性格を擁護する言い訳なぞをしてみる。

その気にさえなれば、いつでも会える距離にいる両親にも年賀状を出そうと、年賀状ソフトに住所を打ち込んだ。

そして、宛名に親父の名前を書き入れ、連名として、母親の名前を書くだんになって、はたと、考え込んでしまった。

母は「徳江」という名前だ。

少なくとも、今の今まで、そう信じて疑わなかった。

キーボードに「徳江」と打ち込みながら、そういえば、時々「トクエ」とカタカナではがきを書いて送ってくることを思い出した。

しかし、まてよ、私の名前は 父親の名前の一字の「高」と母親の名前の一字「徳」を合わせて命名されたものだと、幼いころ、両親から聞かされていた。

私の名前は両親の愛をいっぱいに受けた証明である名前なんだと、思っていた。

もし、母親の名前がカタカナなら、私の名前は、当然、「高トク」になるはずである。

しかし、私の名前は「高徳」と、漢字二文字で構成されている。

母親の名前がカタカナの訳がない。と悩んでいると、カミサンが、「いいものがある。」と、箪笥の奥から古びた封筒を持ってきた。

中には私の「戸籍抄本」が入っている。

中身を確認して愕然とした。

母親の名前の欄には「トクエ」と書かれていた。

私は48歳になる今の今まで、正確な母親の名前を知らなかったことになる。

なんて、親不孝な息子なんだろうか。 

私には、「高子」という名前の叔母がいる。

しかし、彼女の兄である私の父も、彼女の両親、挙句の果てに、兄弟姉妹までもが彼女のことを「良子」と呼ぶ。

不思議で仕方がなかった。

その叔母に本名を問いただすと、やはり自分の名前は「高子」だという。

子供の特権を利用して無邪気に聞けばいいのだろうが、変に大人びていた私は、触れてはいけないタブーだと一人で納得して、それ以上追及することはしなかった。

大人になったある日。親父に自分の妹である叔母の名前について質問した。

「なぜ叔母の本名は「高子」なのに、身内は「良子」と呼ぶの?」

真相はこうだ。

叔母が生まれ落ちた村は、バスも通らないようなへんぴな場所で、出生届けを出すにも、山をいくつも超えて二日がかりの道のりだったそうだ。

当然、わざわざ役所に行くはずもなく、たまたま、親戚の誰かが役所に用事があるとの事で 出生届を頼むことになった。

その親戚が、役所に行った際、親がつけた名前を無視して、自分の好きな名前「高子」で勝手に届けてしまった。

そして彼女が小学校に入学するとき、家族は叔母の本名を知ることになる。

言いなれてしまった名前を簡単に変えることができず、彼女は名前を二つも持つ羽目になってしまった。

何年か前に親父が、実は戸籍上は自分の生まれた年は昭和7年だが本当は昭和6年だと言い始めた。 自分が生まれてから一年後に出生届を出されたせいだといっていた。

真相は闇の中だ。

私の真似をしてかどうかはわからないが、年賀状を年が明けてから書き始める長男坊よ、この機会に母親の名前を確認しておいたほうがいい。

今年は年の終わりの日に親不孝者だと自覚した。

来年こそは親孝行しなくては。

磯者

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ついにMJと一泊旅行 其の弐

12月3日

酒池肉林の宴は夢だったのか。

うー、気分が悪い。

完全に二日酔いだ。

二階の部屋から台所へ下りて行く。

「おはようございます。」

すでにMJは台所に立って、朝飯の支度をしている。

昨夜のうちに雨から雪に変わって、窓の外は一面の雪景色に変わっていた。

着替えて敷地の外へ出た。車もすっかり雪で覆われている。 昨日は夜だったので、その大きさには気付かなかったが、とても大きいケヤキの木が庭にそびえていた。20061201_022「おはようございます。」ケヤキにも挨拶した。

まだ体内に残っているアルコールを早く追い出さなくては。

敷地を散策してみた。「広い」 多分1000坪は超えている。もしかすると2000坪ぐらいあるかも知れない。

雪でぬかるんだ庭を注意深く歩く。

「何だこりゃ?」20061201_023  蔵だ 大きな土蔵が2つもある。この中には「お宝」がぎっしり詰まっているんだろうなあ。12チャンネルの番組に話したら喜んで飛んできそうなものが入っているに違いない。

散策は続く。家の裏から出てみた。20061201_025 裏は一面の田んぼだ。さすが田所新潟。

振り返ってみる。20061201_024 この木立に囲まれた敷地がMJの祖母の敷地だ。離れて見ると、更に広いと感じた。

散策も終わり、家に戻るとすっかり朝ごはんが出来ていた。

大根の味噌汁と、納豆をはさんで焼いた「とちお」、油揚げの分厚いやつ。それと、いわしの焼き魚。そして漬物とコシヒカリの新米で炊いたご飯。 「うまそう。だけど食べれない。」

「いただきまーす。」みんな美味しそうに食べている。みんなのうれしそうな顔が恨めしい。

食事を済ませ、帰り支度をする。

さあ、お世話になった建物の前で記念写真を撮ろう。20061201_021

車は、MJのお父さんのアドバイスしてもらったルートを進む。

車窓からのぞく景色は、昨日とは打って変わって一面の銀世界。

少し眠る。

気がつくと例のトンネルに差し掛かった。

「トンネルを抜けるとそこは雪国ではなかった。」

こうも、山一つ違うだけで天気が違うものだろうか。 太陽の日差しすら射している。

窓ガラス越しに入ってくる太陽の光で、車内は暖かい。

途中のインターで降りて、「伊香保温泉」向かうことにした。ちょっと寄り道。

インターから20分。

観光案内所を見つけ、入ってみた。

親切な施設の人に露天風呂やおいしいうどん屋さんの場所を教えてもらう。

まずは腹ごしらえ。うどん屋さんを目指す。

何でもこの辺のうどんは、日本の三大うどんの一つ「水沢うどん」が名物だという。

麺喰いの私は、食べないわけには行かない。

教えてもらったうどん屋さんに入った。

入り口に入ると、白っぽい狸の剥製が2匹、うどんを打っていた。

「剥製になってまでうどんを打たされるなんて。」 ピエールの言葉に一同大爆笑。

ピエール以外は釜揚げうどんの並を頼んだ。略して「カマナミ」。私はみんなの失笑をかう。

きたきた、ゴマだれと醤油だれが一緒についていて、両方の味を楽しめる。

正直に言うと、これといった特徴は感じられなかった。

が、朝からなにも食べていない私は、とても美味しく感じられた。食べきれないという女子の分まで食べた。 やっと、調子が戻ってきた。

さあ、本調子になった私は、車の運転をピエールと代わり、石段温泉に向かう。

日本を代表する文豪たちが愛した温泉場だ。

近くの駐車場に車を止め、石段へと向かう。20061201_031 20061201_032

狭い石段の両脇に温泉宿が立ち並ぶ。

この石段を横切るように何台もの車が通った。 下から見ていると、とても危ない光景に見える。

石段の頂上は伊香保神社になっていて、そこまで一行は登る。

本家本元の「みうらじゅん」は仏像好きだが、どうやらこのMJは「神社」好きらしい。20061201_027

神社の前で記念写真。

神社から石段を振り返る。20061201_029遠くに見えるのは何て名前の山だろう? 赤木山?

20061201_032_1

車に戻る途中の駐車場で妙な光景に遭遇した。

中年の男女が乗ってきたと思われる車の後ろで、何か燃やしているのである。

「何を燃やしているんだろうね?」 だれからともなく質問があがった。

みんなで妄想する。

「多分、離婚する前に旅行にきて、温泉に泊まったら仲が復活して、互いにハンコを押した離婚届を燃やしてるんじゃない?」とか、あんなこととか、こんなこととか、勝手に妄想している。我らはアホな「妄想族」と化していた。

日が落ち始めて、あたりは一掃と暗くなり、気温もぐんと下がった。

「早く露天風呂に行こう。」とばかりに、車に乗り込み目指す。

MJの指示通りに車を走らせるのだが、どんどんと山の中に入っていくばかりで、いっこうに露天風呂が見えない。

MJの勘違いだった。危うく山越えをして長野まで行くところだった。

その露天風呂は車を停めた駐車場から、木で出来た赤い橋をわたり300m程山の中に入ったところにあった。

入浴時間も終了時間が迫っている。急ごう。20061201_033

受付で入浴料を払い露天風呂へと向かう。

まず男湯があり、竹垣で囲われているものの 隙間が粗いので、ハダカが見える。

30分後に出る事を決めて、湯に浸かった。

湯の色は鉄分を含んでいるらしく赤く濁っている。匂いも、鉄のさびの匂いがした。

ここは「伊香保温泉」の源流に当たる為、体を洗うことすら禁じられている。本当に浸かるだけしか出来ない。

浴槽が2つあり、ぬるめのお湯と熱めのお湯に分かれていた。

樹木の生えた浮島を取り囲むように湯船がありそのちょうど真ん中を竹垣で仕切ってあった。以前は女湯と男湯が行き来できたのか、境には他の竹垣とは違うそれで仕切られていた。よく見ると隅っこに小さな穴が開いていて、多分近づけば、女湯が見れたに違いない。

こうして、二日目も温泉に浸かることが出来た一行は、今回の旅が素晴らしく充実していた事を振り返りながら、帰路へと着いた。

また是非誘ってください、MJ。

こうして、「ついにMJと一泊旅行」という思わせぶりのタイトルがついた旅は終了した。

磯者

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あの男が帰って来た

本日、消息不明だった我が事務所の季節労働者のテッちゃんが帰って来た。

風邪をひいているらしく、時折咳き込んでいる。

だが、元気そうだ。

これから、来年の3月「釣りバカ日誌」のスタートまで、稼いでくれよ。

テッちゃんのつぶやき お楽しみに。

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ついにMJと一泊旅行 其の壱

12月2日

午前5時 まだ空には星が残っている 吐く息が白い。

待ち合わせの場所で待っていると時間通りに車はやってきた。

早速、運転を代わり目的地の新潟へと向かう。MJの祖母の家に、嬉恥ずかし一泊旅行だ。

朝早いので車も少ない。

通常なら、中央道を降りて練馬から関越道に乗り入れるコースが一般的だと思うが、高速料金節約の為、東久留米を抜け、所沢インターから入った。

途中 トイレタイムでサービスエリアで休憩しただけで、一路新潟を目指す。

川端康成で有名なトンネルに差し掛かる。

「トンネルを抜けるとそこは雨国だった。」

群馬の天気とは一変して、どんよりと重たい雲が垂れ下がっている。おまけに雨まで降り始めた。 遠くの景色が見えない。

燕三条のインターで降り、新潟で一番古いという神社へ向かった。

その神社は平野ではなく山にあるため、近づくにつれて、ますます天気は悪くなるばかりだ。

まだ朝の10時だというのに、夕方の様に暗い。

「どこからか、夕ご飯の支度のにおいがしてきてもおかしくないね。」と MJ。

「ホントだね。 カレーの匂いがしてきたりして。」 と私。

神社に駐車場に車を停め天気が回復するのを待つが、一向に良くなる気配がない。それどころか、雷までなり始めた。

車に閉じ込められたままだが、この状況もまんざら悪くない。

私が小学生の時に叔母からかけられたなぞなぞを出してみる。

「東北の若夫婦が寒い夜に二人ですることで、言葉の始めが『せ』で終わりが『す』 て、なあーんだ?」

「・・・・・。」 MJ頬を赤く染めて下を向いている。

「まさか直球じゃないですよね。」 と ピエールが横から口を出す。

あっ、そうそう、いい忘れていたけど車には、男二人に、女性三人(MJ・たしろのまみちゃん・こあかねちゃん)が乗っている。

二人だけで旅行に行ってると思っている皆さん。残念でした。

妻帯者の私が、カミサン以外の女性と二人きりで泊りがけの旅行をするはずがないじゃないですか。全くもって、非常識なんだから。

答えは 「せけんばなす」でした。

と、ここで。

神社詣ではあきらめようかと思っていると、雨脚が弱まってきた。

意を決して車の外に出る。

すると不思議なことに、雨がやんだ。私たち一行を祝福しているかのようだ。20061201_00320061201_004

今度受験を控えている、映画祭のメンバーの子供たちの為に絵馬に合格を祈願してくれた。何て心優しい人たちなんだろう。 「いい男が現れますように。」と書きたいところをぐっとこらえて他人の為に祈念してくれるなんて。20061201_005

境内の中には各地から集められた天然記念物の鶏のケージがある。

それを観ていた女性陣。「美味しそうー。」 天然記念物に指定しなくてはならないほど数が減るわけだ。

おなかがすいてきたので、寺泊へと向かう。

車に乗り込むと、今まで止んでいた雨が再び降り始めた。ホント不思議だ。

ナビが寺泊の近い事を知らせている。

私達を歓迎しているのか、諸手を上げている像が見えてきた。20061201_009

文化放送でコマーシャルが流れている「角上魚類」の2階でやっと昼飯にありつけた。

それぞれ海鮮のメニューを頼む。食事代一人当たり約1500円。 こんな高い昼食を頼めるのも旅のなせる業なのか。

さすが港町。海の幸が山盛り売られている。

しかし、北海道の物が多いのはなぜだ。20061201_007 20061201_006

おなかが一杯になった一行は荒れ狂う日本海を見るため海岸に向かった。20061201_011

ピースではなく銅像のポーズと同じように両手の指を一本ずつ突き出している。

20061201_012 なぜ日本海は艶歌が似合うんだろう。MJ以下みんなで海に向かって艶歌を歌う。「波の谷間に命の花がー・・・♪」

さすがに「島んちゅの宝」やレゲェーは似合わない。

今度、みんなでカラオケに行く機会があれば、「艶歌」しばりで歌う事を約束した。20061201_010

国籍不明のテレビが流れ着いていた。付着しているフジツボが漂流の期間が長かった事を物語っている。

沖合いの雲から真っ黒な筋がいく重にも降りている。雲の中を轟音とともに稲光が走る。

このままでは危ないと判断した私はみんなに「早く車にもどれー」と叫ぶ。私につられて、全員が走った。間一髪、みんなが車に乗り込んだとたんにすごい雨が降り始めた。またもや雨にぬれずに済んだ。 

さあ今度は温泉だ。

車を北に向けて走らせる。

どんどんと山の中に入っていく。30分ほどで温泉についた。ひなびた温泉だ。私はこういう温泉が好きだ。20061201_013

タオル込みで入浴料500円。 男湯は殆ど貸切だった。

設備が老朽化しているせいか、蛇口のボタンを押してもちょろちょろとしかお湯が出ないところがあるかと思えば、ずーと出っ放しになって、桶の3杯分ぐらい出てから止まるものもある始末。

お湯の温度も一定せず、冷たい水かと思いきや、いきなり火傷しそうなお湯が出たりする。それでも露天風呂もあり、お湯は最高だった。

なめると心なしかしょっぱい。 髭剃り後がしみる。体にとてもよさそうな気がする。

一時間後にお風呂から出た。

次は新潟の駅へと向かう。途中、「ロシアチョコレート」の店に立ち寄り、女性達はそこでしこたまチョコレートを買っていた。詳しいことはMJのレポートを待つとして、急ごう。おなかがすいてきた。新潟名物「へぎそば」を食べなくては。私はまだ一度も「へぎそば」なるものを口にしたことがない。

車を駅前の駐車場に停めて、あらかじめ「るるぶ」で予習しておいた店に入る。

店は空いていた。なぜか正面の壁に大きなべっ甲亀の剥製がかかっている。

メニューをみてお目当ての「へぎそば」と天ぷらを全員で頼んだ。私はメニューにある「菊のおひたし」を食べたことがないと話したら、それも頼もうと言うことになり、全員で食べた。通常より大きめな小鉢に結構な量が入っている。ポン酢仕立てで美味しい。「へぎそば」も天ぷらもあっというまに平らげた。 普通のそばとは食感が違い、麺に腰と粘りがある。美味しかった。実をいうと、四国の直島で一度食べたことがあったのをこの記事を書いているときに思い出した。みんな、はじめてと言うのはウソでした。すみません。

旅をするときは必ずそこのそばを一度は食べると決めている。新潟のそばが美味しい事を確認できた。

腹ごしらえを終えた一行は、かって知ったるピエールとMJに導かれるまま商店街のなかにあるスーパーでお酒と、明日の朝ごはんの食材を仕入れた。車に戻る途中「やまんばギャルとギャル男の一行とすれ違った。 彼達の美的センスは私にはわからない。ましてや、東京ではやっている事を新潟ですることもないのにとMJと話した。彼女も同意見らしい。

さあ、もう一息だ、一時間で今夜の宿に着く。

雨は相変わらず、降り続いている。

車は繁華街を抜け出し、段々と明かりがまばらになってきた。

ピエールの運転が慎重なせいか、制限速度ぴったりの速度で走っている。

後ろを見ると車が数珠のようにつながっている。

ナビが左に曲がるように指示している。

車は一段と明かりの少なくなった道路に進む。

「あっ、そこ、そこ、そこを曲がって。」MJが慌てて声を出す。車は車体を大きく揺らし左に曲がった。

「もう着いたよ。 そこを右に入っていって。」 

彼女が指し示したところは、道路に平行して大木が並び、家の門らしきものは全く見えない。

スピードを落とし、目を凝らしていると大木の間に車一台がやっと通れそうな空間がある。

それが敷地の入り口らしい。

全く林というか、森の中ではないか。

入り口から40m程すすむとやっと建物が見えた。20061201_014 暗くてよく見えないががっしりとした骨太な民家だ。

早速荷物を車から運びいれ、MJに建物のなかを案内してもらう。

「犬神家の一族」のロケでも出来そうな家だ。20061201_016 20061201_019 20061201_020

照明が暗くてわかりづらいが、梁などは2尺(約60cm)もあり、柱は6寸(約18cm)と一般の住宅では考えられないぐらいにビッグサイズだ。 新潟で地震があったとき、びくともしなかったらしいが、うなづける。

通常の数奇屋建築だと長押があるのだが、この建物にはない、その代わり本当に槍を置いていたであろう金物がケヤキで出来た梁に取り付いている。 多分この梁は、この家を立てる際に、ここに生えていたケヤキの大木を使用したに違いない。そこに生えている木を使って建物を建てるということは、建築的にものすごく理想だ。なぜなら、それは、そこに生えている木はその土地に適しているということだからだ。

それぞれ、着替えて、女性陣は化粧を落とし、つまみの準備へと取り掛かる。

寺泊で買ったイカの一夜干しをあぶる。

みんなで、ビールを開け。「かんぱーい!」

今回の企画を立ててくれたMJに皆で感謝した。

そして、酒池肉林の宴は夜明けまで続くのであった。

磯者

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ひまわり

空き地にひまわりが2輪 寄り添うように咲いていた。20061201_002 20061201_001

日曜日にテレビで奄美が写っていた。そのときもひまわりが咲いていて、せみがうるさく泣いていた。

11月中旬の撮影だったにもかかわらず、さすが奄美と驚いていたら

な、な、なんと川崎にもひまわりが咲いているではないか。

地球温暖化の影響は確実に現れている。

磯者

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恐れていた電話が・・

電話のベルが鳴っている。

IP電話からだ。

いやな予感がする。

おそる、おそる受話器を取り上げた。 

ピンポーン 大正解だ。

例の右翼の方からだ。

「どうして、新聞を取ってくれなかったんですか?受け取り拒否とはどういうことですか?」

「一回だけでいいんですが、その後は一切新聞を送るようなことはしませんから。」

「どうですか、もう一度送りますから見てはもらえませんか?」

「いえ、購読する気はありません。」

「絶対にですか?」

「絶対にです。」

「5000円だけ寄付してはもらえませんか?」

「いえ、寄付しません。」

「・・・・・・・・。」

「わかりました。そういうことですか。」 

「ガチャッ」 電話を切る音。

「ツーー、ツーー、ツーー」

磯者

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ブータン

以前紹介したhttp://tida.cocolog-nifty.com/blog/cat3924924/index.html ツーリング倶楽部の仲間で、ブータンで仕事をしている末男よりメールが届いた。

全文をそのまま紹介する

こんにちは

廣瀬です。
日本一時帰国の折には、飲み会を開催していただき有難うございます。久しぶりに、
皆にあって楽しかったですよ。
今、私は首都ティンプーより500km移動したモンガルと所に滞在しています。毎月、
首都とモンガルの往復しています。途中、3000mの峠が4箇所、3700mの富士山と同じ
峠が一箇所あります。移動は、疲れるし、大変です。
移動は、300mから3700mを移動するので、最高気温35度、最低気温氷点下5度と気温管
理が大変です。
自然しかないので、退屈な国です。
ネットは、ダイアルアップなので重たいファイル等は送るのが大変だし、ネットの速
度が遅いのでいらいらします。
また、次回この国に詳細を送ります。

BHUTAN 廣瀬 末男

過酷な条件下の中で、仕事をしている様子。

富士山よりも高いところを移動しているなんて想像もつかないですね。

彼からの便りが届いたらまた紹介したいと思います。

磯者

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受け取り拒絶

例の右翼から郵便受けに機関紙が届いていた。

中身を開けると多分、「機関紙への購読ありがとうございます。年間購読料は○○円で、

振込み先は、どこそこ銀行で・・・・・。」てな事を書いてあるんだろうなあ。

開けてみようかなあ。 いかんいかん。あけたら最後、前文のようなことが書いてあり、しばらくほっとくと、なぜ振り込まない? と脅しの電話がかかってくるに違いない。

私は郵便局に行き、「受け取り拒絶」の手続きをとった。

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電話機が1,092,000円

自営業をしていると毎日いろんなところから電話がかかってくる。

今より電話料金が安くなる方法があるという電話がかかってきた。

私の事務所は電話回線と、インターネット用に光回線の2回線が引き込まれている。

「ということは、Bフレッツですね。ありがとうございます。」

この「ありがとうございます。」という言葉は、知らない人は「ああ、NTTの人なんだ。」と多分、勝手に勘違いするのに違いない。

ところが全く彼たちはNTTとは関係ないらしい。NTTに問い合わせてみた。(厳密にはNTTと代理店契約を結んでいるので関係ないといえるのかどうか甚だ疑問だが)

「現在お使いの電話番号もそのまま使えますし、電話回線としてお使いの分の基本料金の3600円程度がただになります。あっ 電話料金は一月にいくらぐらいですか? 2万円ぐらいですか、そうすると半分ぐらいは安くなりますよ。」

と、なかなか、IP電話をリースさせるのが本当の目的とは言い出さない。

こちらから切り出す。

「それって、IP電話をリース契約しないかってことですよね。」

「で、電話機はいくらするんですか?」

「高いのから、安いのといろいろありまして・・・・・・。」段々としどろもどろになってくる。

「だから、一番安いのでいくら?」 追い討ちをかける

「基本料金が3000円安くなって、電話料金が約半分の10,000円、合計13,000円。それの12ヶ月で、96000円です。」

私は、電話機の値段を聞いているのに、答えになっていない。しかも計算が間違っている。

私は受話器の向こうの声を聞きながら電卓をたたいている。

おい、おい、暗算したって、130,000円を超えるのは小学一年生でも解るぞ。

計算すると13,000円×12ヶ月×7年 =  1,092,000円

100万円を超える電話機をリース契約しろというのか?

電話機が100万円超えるわけ無いだろう。2台入れたって、五万円も出せば、お釣りが来るぞ」

「いえ、社長様の電話機は、家庭用ですので、ビジネス用のを入れるとそれぐらいはかかってしまいます。」

「何、家庭用のは使えないの?」 

「はい、使えません。しかもこの金額は、工事費込みで、インターネットの接続も全てやります。」

こいつら、全くでたらめを言っている。詐欺だ。

半年前に同じ手口で、だまされかけたことがあった。

今より、経費が安くなるのならと、契約書にサインして、ハンコまで押した。

この時点で契約成立。

しかし、さすがは、経理を職業にしているかみさん。

「絶対におかしい。経理としては認めるわけいかない。よく調べてみて。」

といわれ、インターネットで調べたら、でるわでるわ、怪しいうわさが。

その会社に解約を申し込んだ。 が、もう、工事の手配をしているために解約は出来ないといわれた。念のために「クーリングオフは出来ますね。」と聞くと、「商品のクーリングオフは出来ますが、工事は日程が組まれている為、解約できません。」

全くもって、意味が解らない。「もう、いい。」といって、電話を切った。

次に、リース会社に電話して、またここの会社名が「NTTリース」ときている。

私は、契約書にハンコを押したが、クーリングオフを適用して、解約する旨を告げ、私の契約書がリース会社に挙がって来ていない事を確認して、電話を切った。

それ以来、一切電話は来なかった。

今日までは。

それが、同じ会社から、同じトークで、セールスの電話がかかってきたのである。

私は、会社の名前と電話番号と相手の名前を聞き最後に、

「今、あなたが話した事を録音させていただきました。このテープをもって、消費者相談センターにもって行き、相談してきます。」と相手に告げて、受話器を置いた。

磯者

本日11月16日現在の 

「プロジェクト M」の賛同者 31名 

「プロジェクト M 」とは ?

http://tida.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/m_5c65.html

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指が

映画祭の局長から貰ったギターの絃を張替えた。 マーチンのライトゲージ。

老眼が進んで、絃の太さの区別がつきにくい。

苦労して張り終えた。

早速、チューニング、音感は衰えてないようだ。サクサクとチューニング終了。

早速「井上揚水」を弾いてみる。

だめだ、きれいに絃を押さえることが出来ない。単音をきれいに出せない。

あきらめた。

仕事に戻ろう。

磯者

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ちょっと息抜き

ここに来て、いろんな仕事の依頼が舞い込んできた。

これが設計依頼なら経済的にうれしいのだが。

建築士会の会報に載せる原稿執筆の依頼とか、私が参加している、ボランテイア団体「住まいる」が11月23日に行われる「福祉祭り」の出展用のポスターA1×3枚の作製だ。

仕事をやっていて、不思議に思うのだが、暇なときはものすごく暇で、こういう風に重なるときは「これでもか!」と言わんばかりに重なる。こういう時に限って季節労働者の「テッちゃん」はいない。テッちゃんたまには近況報告よこせ。

「貧乏暇なし」とはよく言ったものだ。

いかん、いかん。

また、自分のことを「貧乏」と言ってしまった。

この他に、店舗の設計及び監理や同時進行で4件の仕事をやらなければならない。

うーん。この調子じゃまた、スポーツジムにいけない日々が続きそうだ。

かみさんに「お金を無駄にして!」と怒られそうだ。

もしかすると、私の知らないうちに解約されているかも知れない。

うちのかみさんならやりかねない。

なんて考えていると、電話のベルが鳴った。

建築仲間の「田場盛彦」氏からだった。 以前やった仕事で気になる報告を受ける。が、私の責任の範ちゅうを超えているので、考えても仕方が無い。それとは別に、私のブログが面白いとお褒めの言葉を頂く。

よくよく聞くと、ブログの中の記事「とんとん祭り」の中の「中村屋」 http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=22968  が面白かったそうだ。私のブログを褒めてくれた訳じゃないのね。クスン。 (小あかねちゃん、だって。)

気分転換に、以前映画祭の局長からいただいた、ギターの絃でも張替えよーとっ。

そんなひまは無いはずなんだがなあ・・・・・。

磯者

本日11月14日現在の 

「プロジェクト M」の賛同者 29名 昨日と変わらず

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とんとん祭り

昨日 11月12日。 当事務所にて 「とんとん祭り」が盛大に執り行われた。20061112_001_1

この祭りは、奄美大島の「(有)ティダファーム」から送られてくる豚肉を試食しようと、MJが企画した。

当然、みうらじゅんの「トン祭り」にかけてのネーミングかと思いきや、全く違うそうである。

午後3時には女性陣が集まりスーパーへと買出し。

4時30分から 簡単な豚肉の説明  (「butq.doc」をダウンロード ) をしたあと、乾杯。 祭りは始まった。

小あかねちゃんのミクシーに載っかっていた、「中村屋」http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=22968 を 小あかねちゃん本人にPCから開いてもらい、みんなで鑑賞。 これは面白い! おなかが痛い。

偶然にも「中村」さんが参加メンバーにいたので更に盛り上がる。

テーブルの上には、MJ と中村さんが料理してくれた豚肉と野菜料理が並ぶ。20061112_002 20061112_003

二人とも料理は相当うまいみたいだ。みんな美味しそうに食べている。その姿をみてうれしくなる。 

みんなの写っている写真を、間違って消してしまい載せられないのが残念だ。

子供の頃見ていた、豚の屠殺の仕方をみんなに説明していたら、なぜだか、ピエールの「美しい女性」の判断基準に話が言及し、「じゃあ、だれを美しいと思うの?」の質問に「小○優子」との答え。 女性の参加者から大ブーイング。「こんなの 主観だから 俺の勝手だろ !」と 猛反論。

段々と酒が回り始め、話はどんどん脱線していく。

挙句の果てに、ビデオはなぜソニーの 「ベーター」が「VHS」に負けたのか? にまで及ぶ。

実は、これ、技術の良し悪しとか「プロジェクト X」で描かれていたことで 「ベーター」が負けたわけでは無い。 農協を巻き込んだ「エロ」の魔力に「ベーター」は負けたのだ。

詳しいことはここで述べることは出来ない。

バカな話をしている途中、豚肉がどんな評価が出ているのかと心配している奄美の森さんから電話が入った。

電話をみんなに向けて、「豚肉の味はどうですか?」と聞くと 一斉に「おいしいーー」との返答、受話器の向こうにいる森さんもほっとした様子だった。

とんとん祭りは大盛況のうちに終わった。

今回は、近場の人だけ集まってもらったが、今度肉が入るときは、「OFF」会しましょう。

磯者。

本日11月13日現在の 

「プロジェクト M」の賛同者 29

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一体何を主張しているのか?

仕事の打ち合わせで大田区に出向いた。

大鳥居の駅を出て、打ち合わせ場所まで歩いている途中、なにやら派手な建物に出くわした。 20061107_019 20061107_018 20061107_022

喫茶店か居酒屋かなと思いながら近づいてみると、どうも様子がおかしい。

木造2階建ての建物の壁とブロック塀にやたらと派手な色で張り紙がしてある。

文字が読めるまで近づいてみた。

20061107_020 20061107_021

(写真をクリックして大きくしてね)

「爆弾」とか「包丁」とか物騒な文字が書かれている。

内容は全くちんぷんかんぷんだ。

それでも、あえて、無理やり理解するとすれば、どうもこの家の住人は周りの人々に殺されて、この家と土地を奪われるのでは無いかと、一種の被害妄想にかかっていると思われる。 

まあこれが、妥当な普通の人々の判断であろう。

だが、私は違う。

これは、地球に潜入している異星人に対するメッセージなのではないのだろうか?

この建物に入ると、地下 何百メートルにも達するエレベーターがあり、地底では、地球侵略をもくろむ異星人が虎視眈々とその機会を狙っていて、北朝鮮の核攻撃に乗じて、まずは手始めに、日本を手中に収めるために暗号を壁に貼っているものだと考える。

彼らが行動を起こす日は近い !

みんな ! 気をつけろ !

と、空想にふけりながら歩いていると、「サイディング」屋さんが仕事をしていたので、思わず懐かしくなり写真を撮らせてもらった。20061107_016

写真は外壁材の「サイディング」と呼ばれる板を電動のこぎりでカットしているところ。

板の裏に鉛筆ではかってきた建物の寸法を書き入れる。

慣れ無いうちは良く間違って、材料を無駄にしたりするのだが、慣れてくると、頭の中で平然と反転した状態で考えられるようになる。

私はこの仕事を8年間していた。

磯者

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検査

今日駅ビルにある 「○○クリニック」で体の検査を受けてきた。

プチ人間ドック。

ビルの6階にある受付で 今日の検査の内容を間違いが無いかチェックをする。

それが終わると、看護婦さんから 名前を呼ばれる 「磯者 様ー。」病院で「・・・様」と呼ばれることはあまり無い。

「はい。」 返事をした。

看護婦さんは紙コップを手渡しながら説明する。

「一番下のメモリまでで十分なのでここまでお小水を入れてください。」といいながら 紙コップの一番下のメモリを指している。

トイレに行き「お小水」を紙コップに入れる。 この時ばかりは、男の身体的構造の便利さに感謝する。

家から出かけに、トイレに行ったばかりなのであまり出ない。15cc程しか出なかった。

「お小水」を採取した後、便器の背後にあるガラス戸棚に置くようになっている。

数えてみた。先客が15名ほどいて、棚の半分の面積を占めていた。

しかし、このシステムはいかがなものかと 政治家の言葉を引用してみたりする。

良からぬ者が居て、他人の紙コップに細工をしようと思えばいくらでも出来る。

健康な人を重い病気にすることも出来るし、逆に重い病気の人を健康にすることも出来る。

トイレから出て、待合室で待っていると、また名前を呼ばれ、ロッカー室に案内されて、紐で前身ごろを結わく着物に着替えた。靴下を脱ぎスリッパに履き替えたが、ジメっとしている。 気持ち悪い。

待合室で待っている間に、尿の入った紙コップのギャグを考えてみた。

主人公が紙コップに入ったコーヒーを持っている。採取したばかりの紙コップを抱えた看護婦さんが腋に挟んでおいた書類を落とす。

それを拾う為に、もっている紙コップを主人公に渡す。

咄嗟のことにその主人公は受け取る。

看護婦さんが書類を拾うのを見ながら コーヒーの入っているつもりで、尿の入っている方を口にする。

そこで「何じゃこりゃ !」と言って吐き出す。    のは普通。

私はここで、主人公に「 ウーン 美味い !」といわせよう。または「おかわり !」。

などと、バカな想像をしてみる。

「磯者 様ー」 名前を呼ばれた。 いよいよ検査。

自動で、体重と身長を測る機械にのった後、採血。

腕にゴムを巻かれ 静脈に太い針を刺される。 いくつになっても注射はいやなものだ。

針は腕に残したまま、 濁った赤色の血が針を通り容器に溜まる。3本の容器に血液を採取した。

次は 胸のレントゲン、心電図、聴力視力の検査のあと また 肩に注射を打たれる、今度は胃の動きを緩慢にするための薬だそうだ。

胃のレントゲン写真を撮る為に階下の部屋に案内される。

長身のきれいなお姉さんが案内してくれた。

扉を開けるなり、レントゲンを撮る機械がデーンと鎮座していて、カメラの部分が、ちようど頭の部分にあって危ない。

そのお姉さんが「頭にきをつけて・・・・。」といい終えない間に、私は頭をしこたまそいつにぶつけていた。

顆粒状の薬を先にのみ、液体の薬をその後飲む。

胃の内部で発泡しているのがわかる。その後バリウムを飲む。

ものすごく気持ち悪い。げっぷが出そうになるのを、必死にこらえる。

冷たいベッドがいろんな動きをしだす。もっと左を見ろだの、一回転しろだの、いろんな注文をつけられる。 段々に気持ちが悪くなる。吐き気をこらえて、必死に我慢していたら、何とか終わった。「 ふぅー」 ため息をつく。「はい、げっぷ出していいですよ。」

そんな簡単に人前ではげっぷは出ない。まだ苦しさは続く。

洗面所で歯磨きをしているときに何とか気持ち悪さはなくなってきた。

次は、診察だと言うことで、診察室に入る。 胸と背中に聴診器を当てられる。

その次は パンツを脱いで といわれるままにパンツを脱ぎ、「横になって両膝を抱えてください。」 との指示にひざを抱える。

すると。看護婦さんが肛門にゼリー状のものを塗り始めた。見えないが感触で解る。

次の瞬間 医者の指が肛門の中に入ってきて、ぐりぐりと内部をかき回すのがわかる。

「はい 終わりました。」 といって 看護婦さんがお尻を優しく拭いてくれた。

他人にお尻を拭いてもらうなんて、そうそうあるもんじゃない。

仕事とはいえ、この看護婦さんは毎日毎日、人の肛門を拭いているのかと思うと頭の下がる思いだ。ある意味 しりの穴に指を突っ込んでいる医者より大変だと思った。

検査は終了。血圧が高いといわれた。 定期的に検査としましょうといわれる。

その言葉で更に血圧が上がった気がした。

やせなくてはと 決意した磯者だった。

病院って何て疲れるんだろう 疲れながらこの記事を書いている。

磯者

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MJとデート ⑤

やっと 小金井公園を出た二人。

午後1時には「シネマハウス」に戻らなくてはならないと言うMJ

おなか空いたし、帰り道の途中に「深大寺」が有るのでそこで昼飯にすることにした。

「深大寺」はそばで有名だ。

高校の3年生の時に奄美では初めて民放が開局した。

そのとき、島から出たことの無い人々は 生まれて初めてTVコマーシャルを見ることになる。

コマーシャルの中に小坊主さんが寺の庭を掃きながら 「そばなら 深大寺そば」と言いながら つぎのシーンで 美味しそうに カップめんを食べる。

「深大寺」というところは そばが有名なんだと コマーシャルを見ながら思ったものだ。

関東に出てきて、そのカップめんを捜したが ついぞ見つけることは出来なかった。

そのそばをやっと今日食べることが出来る。しかもカップめんではない 生そばだ。

車の渋滞で なかなか前に進めない。

ナビは目的地がすぐそばだと教えている。

時計を気にしながらもじっと待つしかない。この距離だと抜け道はなさそうだ。

事故でも起こっているのかと思っていると前の車が動き始めた。

何のことはない。工事のため片側通行だっただけだった。

MJが よく家族で深大寺に来た事を話す。 「すずめのお宿」という蕎麦屋がお勧めらしい。

「すずめのお宿」をみつけるが、ときすでに遅し、通り過ぎてしまった。

ユーターンできるところを見つけようと車を走らせるが、全然見つからない。

無理やり車を突っ込めるスペースをみつけ、思いっきりハンドルを右側に切る。

ギヤをバックにいれ左右から車が来ないのを確認して、ユーターン無事成功。

お目当ての「すずめのお宿」に着いた。Pict1915_1

なかなか面白いお店で、竹やぶの中に建物がある。

いくつかの小部屋がコテージのように不規則に並び、不思議な空間を演出している。

写真を撮りたかったのだがバッテリーが殆ど残っていない。

お店のカウンターでまず注文する。MJ もりそば。 えび好きな私はもちろん天ぷらそば。

また中性脂肪が増えそうだ。 しかし、好きなものはしょうがない。

外の景色が見える座敷の窓際に腰を下ろした。

しばらくすると、おしゃれをしたおばあちゃんが注文をとりに来た。

注文といっても、メニューの書いてあるレシートを渡すだけなのだが。

「何で 深大寺は そばが有名になったんだろうね」 と MJに質問を投げかけてみた。

すると 「多分、美味しい湧き水があるからだと思う。」

確かに 私たちが座っている外にも、道の傍らを清水が流れている。なるほど 納得。

「このお店 面白いよ見て」 と 顔で方向を指した。

座敷の中に大木の幹がある。この木を伐採せずに建物を建てたようだ。確かに面白い。

そうこうしている内に、そばが来た。

麺は細くも無いし、太くも無い、普通の麺だ。色は白っぽい いわゆる「更科」系かと思われる。

そばをすする、美味い。 つゆはと飲んでみる 関東のつゆは結構甘いのが多いが、ここのはそんな事はなく美味しい。

あっという間に平らげた。

せっかくだから「深大寺」も寄っていこうとMJが言うので 寄ることにした。

境内の中に入ると 土曜日にも係わらず、結構な人の数だ。

お坊さんの行列がやってきたので邪魔にならないように道を空けた。Pict1916

なぜか派手な赤色の衣装にまとわれている。

「これって、毎日やっているのかな ?」

「さあ ?」

「もしかして、夜になると 電飾の衣装をまとったお坊さんのパレードがあるんだろうか」

バカな事を言いながら 境内を出た。

「おやき 買おうっと」 といって MJ は参道にある お店で おやき を買ってかぶりついている。

やっぱりな、あのそばだけで足りるとは思わなかったけど 案の定だ。

何のオチも無いままに MJとのデートは終わった。

しかし、引っ張るだけ引っ張っといて これだけかい? て 言ってる声が聞こえる。

す、すみません。

磯者

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MJとデート ④

「女湯」に未練を残しながら 続きをはじめるとするか

このお風呂やさんの名前は「子宝湯」と言う

MJにも子宝が恵まれますように と心の中で祈った。

「子宝の前に・・・・  」 いやいや、このことは触れないで於こう。

お風呂屋さんの入り口に繋がる道の両脇には いろいろなお店が軒を連ねている。

荒物屋、花屋、醤油屋、文房具屋など

文房具屋には「武居三省堂」の看板がかかっている。

あの辞書で有名な 「三省堂」なのだろうか

写真を一枚 と カメラを向けると

カメラのバッテリーに 残量があまり残ってないことに気付く

この頃のお店は、今のコンビニのように自分で品物を選べず、お店の人が、奥から持ってくるというのが主流だった事を建物のつくりからうかがわれる。

この頃は万引きの被害にもあまり会わなかったんだろうな。

私が住んでいた村のほぼ中央に「農協支所」と呼ばれるお店があった。

唯一品揃えの豊富なお店で、げんざいのコンビにより、何でも売っていた。

さしづめ、昔風に言うなら「よろずや」だ。

油、醤油はもとより、なべ、釜も取り揃えていた。

油などは 当然 秤売り。 

良く、祖父から 「磯者 タバコ買ってきて 5本」 と お金を渡された。

「すみませーん。 ピース5本下さい。」

店の人は、缶ピースの丸い容器から 煙草を5本取り出すと 新聞紙に包んでくれたものである。 今では考えられない。

友達のお母さんが経営しているお店で、「永谷園のお茶漬けのり」をバラで買ってみた。

「おばちゃん お茶漬け 一袋下さい。」

「はい。」 なかに5袋入ったお茶漬けを渡された。

「違う。 中の一袋だけでいいんです。」

友達のお母さんは、仕方なさそうに 袋をちぎり、子袋一つを手渡した。

味をしめた私は、何度かバラで買った。

ある日「磯者。 今回だけはバラで売ってあげるけど、次からはだめ。」と釘を刺された。

そりゃそうだ、物の値段には 手間と言うものが含まれている。

しかも、分けた袋を買う客は私一人だ、他の人がそのような買い方をするはずもなく、不良在庫となる可能性を秘めている。 

当然、経営者としては 断るわけだ。

私が一番 驚いたものは「いきゃんこ」と呼ばれるものだった。

それは「いかの皮」 文字通りいかのそれだ。

これは、煮物をするときに使う出汁の役目があり、そのまま具材としても食べた。

今まで、いかの皮を打っているお店を見たことが無い。

また、脱線してしまった。

話を元に戻そう

そうそう、お店の話。

他に 「鍵屋」という名のお店。

これは普通に考えれば、鍵を扱うお店と思うのだが、実は、「居酒屋」なのである。Pict1913 Pict1914

このつくりは非常に面白い。

たぶん二階が 店主の生活の場だと思われる。

いつか 奄美にこんな居酒屋を作りたいものだ。

時計を見ると 11時30分。 食事をして帰るとなると もう出なくてはならない。

売店で カミさんにお土産を買って、たてもの園を出た。

フリーマーケットに差し掛かると来たときとは様子が違い、すごい人だかりだった。

犬や猫も売っている。 と 思ったら、 里親を捜すボランティアのコーナーだった。

遠くに 派手な衣装を着た一団が見える。

スイスの民族衣装をまとっているように見える。

段々と近づいて 驚いた。 年の頃 60~70才 のおばさんたち。

「コスモス祭り」に参加する人々らしい。

イベントだからいいようなものの、外だったら殆ど犯罪に近い。(ごめんなさい おばさんたち)

アナウンスが公園内に響く 「先日は 秋晴れの晴天に恵まれ・・・」

「どこが?  曇ってるやんけ。」 

まったくマニュアルどおりの受け答えしか出来ない。どこかのハンバーガーやさんと一緒だ。

と一人突っ込みを入れながら 「秋晴れの晴天に恵まれた 小金井公園」をあとにした。

おーとっ。 またまた昼休みが終わる。

そしてこの記事がいつ終わるのかわからないまま

つづく

磯者

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MJとデート ③

「森田童子」の話で時間切れになったお話の続き

やっと 「小金井公園」に着いた。

駐車場の発券機のボタンを押す。

私が東久留米に住んでいた頃 良くこの公園に来たものだ。

そのときは、駐車場は 発券機ではなく おじさんたちが小さい小屋の中にいて

その場で1000円渡して車を停めていた気がするが 現在は 機械に取って代わっていた。

「江戸東京たてもの園」の位置を確かめ歩き始めた。

この公園は とても広い 野球場やテニス場などがあり 太い幹の木立が奄美ではお目にかかれない風景を作っている。

奄美の四季は、極端な事を言えば 夏と冬しかない。

年がら年中 山は緑色で、たまに漆の木が紅葉して真っ赤に色づいてひときわ目立つことがあるくらいだ。

何も無いだだっ広い野原 ほほをなでていく風が 心地いい。

バトミントンやキャッチボールをしているそばを通る 木陰ではバーベキューを楽しんでいる人々がたくさんいた。

子供広場と呼ばれるところには コスモスが咲き乱れていた。Pict1901

ズンズン 歩いていくと ソリに乗って子供たちが 人工的に作られた山から滑り落ちてくる。

常連の子供たちは 「マイ ソリ」持参で 滑っている。

まだ下の子がうんと小さい頃 泣いてせがまれて滑った事を思い出す。

ズンズン と進む

フリーマーケットをしている まだ午前中のせいか、そんなに人はいない。

MJ が 旅行会社をしているお父さんからもらったバッジを、フリーマーケットに出品して飛ぶように売れた事を話す。

彼女が運営委員をしている「KAWASAKI しんゆり映画祭」でも 商魂を発揮し大いに映画祭を盛り上げている。 彼女なくしては現在の「KAWASAKI しんゆり映画祭」はありえなかっただろう。 

ちょっとほめすぎか? MJ なんか頂戴 !

そんな事を話しているうちに 「江戸東京たてもの園」に着いた。Pict1903_1 Pict1904

「何で 国旗を掲げているの? 今日は祝日?」 と MJ

「多分 ここは日本だからじゃねぇの。」と かみ合わない会話をしつつ建物に入った。

チケット400円。 入り口で、もぎってもらい中へと進む。

突き当りを左に行くと 外に出られるようになっており ここからが、展示している建物への順路らしい。

一番初めに出くわす建物は 「高橋是清邸」 Pict1905 入り口が、老舗旅館を思わせる。

写真は この建物の 入り口

1階部分は 喫茶どころになっていて お茶をすすることができる。

立派な和風建築だ。

Pict1907 建物の内部は、一間 (1818ミリメートル) の回廊がぐるりと

部屋を取り囲んでいる まどの 下は 収納スペースになっていて

工夫がされている

Pict1908_1  廊下から 裏を 見る 

日本には 生活様式に「うら」と「おもて」という考えがあり、「おもて」は主にパブリックスペースとして使用し 「うら」は プライバシーな空間と 捉える  ちょっと 薀蓄をたれてみた 少し建築屋 ぽい 自分を確認する。

「ポッ !」 ちょっと 照れる

外壁は 下見板張りと漆喰で できている。

Pict1906 二階から中庭を見下ろす     

お気づきになっただろうか 手前にある窓のガラスが現在のものと違う事を   現在のガラスは フロートガラスと呼ばれ 錫を溶かした ベッドの上に ガラスの材料を流し込んでつくるので、ガラスにひずみが無い

それに比べて このガラスは、一枚一枚、手作りである

まず、ガラス工房でよく見る真っ赤に焼けたガラス玉を 吹き棒に 取り付け 息を吹き込みながら 瓶の形に作る それを 真ん中から割って 熱を加えながら 開いていき 平に伸ばす そして最後に表面を磨いて 透明にしていく なんとも 手間の掛かる仕事だ。

ここのガラスは 移築の際にもともとあったものかどうかは定かではないが、昔ながらの製法で作ったガラスがはめ込まれていた。

ここは 二・二六事件の折 総理大臣も務めた「高橋是清」が暗殺された建物だそうです。

しばし 暗殺現場になった二階の和室に佇み、感慨にふける。

Pict1909 次は 「千と千尋の神隠し」のモデルになったお風呂屋さん

日ごろ入ることのできない 「女湯」にはいる 天井が高い 5メートルぐらいあるだろうか。  高い部分の壁はガラス窓になっていて、換気と採光を兼ねている。

洗い場と脱衣を仕切っている引き戸のレールは ステンレスでできており、板金やさんが作ったものと思われる。 つくづく思うのだが、日本の職人さんの腕はすばらしい。

男湯と女湯を仕切るタイル張りの壁には 「サルかに合戦」の絵が描かれているPict1911_1 Pict1912_1

「何で 「サルかに合戦」何だろうね」 と MJ

Pict1910

男湯の絵は 「武者絵」だった 謎が解けた。

多分 女湯は お母さんが小さい子と一緒に入る為 おとなしくさせるのにおとぎ話を壁絵にしたんだと思う。  MJと私 納得。

おーとっ ! またもや時間切れ

女湯を惜しみながら

つづく

磯者

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MJとデート ②

三鷹の住宅を 後にしたMJと私

次の目的地は 「江戸東京たてもの園」 

http://www.tatemonoen.jp/about/index.html

ここは小金井公園の中にある野外博物館だ

小金井駅の有名な 開かずの踏み切りの前まで来たが

高架建設中で 進入禁止

交通整理をしているガードウーマンの指示に従い 右折する

アジア大学の前の道路にでると 左折

「太宰治」が入水自殺した玉川上水を越える

「多分現在のこの川と太宰が自殺した頃とは水位が違うんだろうね。」

MJが語る

確かに 今のこの川を見る限りでは とても自殺できるとは思えない

実際に太宰が入った川はもう少し三鷹よりで、井の頭公園の近くの「ムラサキ橋」のたもとであったと物の本に書いてあった事を思い出す。

彼女と会話をしながら頭の中では、森田童子の曲がめぐっている

「玉川上水沿いに歩くと・・・♪ 太宰の好きだった君は 睡眠薬飲んだ・・・♪」

(なんか ♪を入れると 楽しい歌に聞こえるなあ、実際にはものすごく暗い歌なんだけど。)

Images_5

高校の頃 私の住んでいた町の中央公民館で「森田童子」のコンサートが開かれた。

ポスターには「文部省後援」と書かれている。

こんな退廃的な歌を文部省は後援するんだと感心した覚えがある。

どうしても行きたかったのだが、チケットを買うお金がなくて、

それでもあきらめきれない私はコンサート会場に行った。

会場に行ったとて、奇跡が起こりコンサートを聞くことができるはずも無い。

恨めしく会場の入りぐちを眺めていると 

我らが佐大熊変態倶楽部の会長 「藤○コーイチロー」がやって来た。

「いいなあ。コーイチローはコンサートを聞けるんだ。」

「いや 」 と言うと 彼は 固く閉ざされた観音開きの扉の前に進み出て

扉と扉の隙間にぴったりと耳をあてた。

こいつも お金が無い貧乏人だったと言う事を思い出した。

私も彼に習い 彼の頭より下のほうに耳を当てた。

かすかに 森田童子の歌声が聞こえてくる。

私たち二人は とうとうこの状態で コンサートを聴き終えた。

森田童子の歌と同じで 悲しい青春時代だった。

おーとっいけねぇ 昼休みが終わってしまう。

と言うわけで 小金井公園にたどり着けないまま 

つづく

磯者

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MJとデート ①

10月21日

携帯からMJにちょっと遅れる事を告げる

気になる建物があるとの事で一緒に観にいきませんかとメールが入っていた

三鷹市に「荒川修作」 http://www.innovative.jp/2005/0713.html

の手による建物ができたと言うのである